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2007年6月 1日 (金)

もう一人の李香蘭

李香蘭が時代に翻弄された美しい女優であるならば、もう一人、李香蘭とは1歳違いのこの日本人女性の人生も知っておかねばならないかもしれない。大女優ではない、普通の満州開拓団の日本人女性は満州でどう生きたのか!下記リンクのホームページを見つけましたのでぜひ読んで頂きたい。時間の無い人は、目次にでている「10.満州開拓団」~「15.帰国」という項目までだけでもいいので。私はこの「15.帰国」まで夜中一気に読んで、大粒の涙をこらえ切れなかった。

生かされて生き 万緑の中に老ゆ

李香蘭が理想郷満州の夢を、歌に、映画に振りまいていた時、その満州に新たな人生を築くべく旅立った大勢の日本人、満蒙開拓団の人達がいた。

満州、中国で歴史に翻弄された人生、それはなにも李香蘭だけではなく、これら満州に渡った開拓団民32万人全ての人に言えるのだろう。そして32万人ひとりひとりが李香蘭であった、とも言えるのかもしれない。いや、彼ら彼女らが移住する前にそこに住んでいた現地の人の人生も大きく変わったことだろう。突き詰めるといったいどういうことなのか、よく分からなくなる。

当時日本のものである満州鉄道の施設、燃料となる炭鉱、社屋、社宅、これらを守らないといけない。日本国内の不況、不作、食料不足を解消しないといけない。ロシアがいつ襲ってくるかもしれず防衛しないといけない。現地の反日盗賊が日本人を襲ってくるのをはねのけないといけない・・・・
理由はいろいろあったのだろう。日本人を満州に500万人も送り込む計画を日本政府は真剣に実行中だった。終戦時に開拓民だけで32万人が移住していた。生きて帰国した人は10万人程度らしい。

日露戦争に勝たなければ満州鉄道は日本のものにはならなかった。満鉄社員などおらず山口淑子(李香蘭)も生まれなかった。しかし日露戦争は起こり、満鉄が日本のものになった。ではぜ日露戦争が起きたのか?

学校で歴史を学ぶときは普通、原始時代から学んでいく。だいたい3学期ころに昭和をギリギリ学べるかどうかだろう。昭和からスタートして逆に、なぜ?なぜ?と学んでいくのもいいのかもしれませんね。

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