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2007年7月の3件の記事

2007年7月21日 (土)

夜来香と蘇州夜曲(試聴)

夜来香と蘇州夜曲のノンストップミックスを作りました。右クリックで保存できます。

「yelaixiansample2.mp3」をダウンロード  

アジア系の弦の音には本当に癒されます。エンヤとはまた違った癒しの音ですね。日本人はやっぱアジア人なんだなぁと感じます。

夜来香の歌詞を知りたい方は2007年5月5日記事へ

1.夜来香 featuring チャンリャン / 華楽三姉妹 / 華楽三姉妹

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中国の民族楽器、古箏、二胡、琵琶を三人で奏でる夜来香。デビューアルバム「華楽三姉妹」には蘇州夜曲も収録されている。歌はチャンリャンという中国のシンガーソングライター。

2.夜来香 / Wei Wei Wuu / ChaiChaiサントリー烏龍茶CMコレクション

日本のWeiweiwuu ジャズスポットなどでのライブ活動なども回を重ね、スタイリッシュな二胡奏者として注目を集めているウェイウェイウー。歌も自分で歌っている。 大人っぽいジャズテイストな夜来香。

3.夜来香/蘇州夜曲  / 上戸彩 / 李香蘭DVD

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上戸彩「李香蘭」のDVDボーナストラックから日本語バージョンで。夜来香の後半のエンディングに至る部分に続けて上戸彩さんの歌う日本語の蘇州夜曲をつなげました。素晴らしい歌声だと思います。最後の方、拍手音と声援の効果音が入っていた部分をイコライザーなどをいじってなんとか消しましたが、その分ボーカルが痩せてしまいました。これがぎりぎりです。ご容赦ください。

4.蘇州夜曲 / 姜小青(ジャンシャオチン) / Chai サントリー烏龍茶CMコレクション

Chai

坂本龍一に見出され映画「ラスト・エンペラー」の音楽の演奏でも注目された姜小青(ジャンシャオチン)が奏でる古箏。

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2007年7月14日 (土)

李香蘭の足跡

今日は李香蘭の足跡ということで、ゆかりの場所をひとつ。ゆかりというのはちょっと変かもしれませんが、終戦直後を川喜多さんや服部さんとすごした収容所です。

上海市街地北部、現在の魯迅公園(下の地図の緑色のところ)の南にあたるところで、当時は日本人街のあったところ。「興業坊」という路地に面した長屋です。(地図をクリックすると大きくなります。戻るボタンで戻ってください) 真ん中に山陰路(英文名:Scott Road)という南北に走る通りがあり、そこから右に入る路地で「興行坊」があると思いますがそこです。○で囲ってあります。

吉行エイスケ宅(1930年ごろ)と書いてありますが、その辺かもしれません。彼はNHK朝の連続テレビ小説「あぐり」で野村萬斎が演じた小説家で吉行淳之介の父。妻あぐりを日本に残して一時期この通りに住んでいたようです。デカダンスな上海を満喫していたことでしょう。(地図:大修館書店 上海歴史ガイドマップより)

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で、この地図はいったい当時の上海のどの辺に位置するかというと、下に載せました上海租界全体図の一番上の方、虹口越界路(ホンコウエッカイロ。当時はホンキュウと発音していた)地区という日本人の集中していたところです(地図はクリックすると大きくなります)。ちょうど「虹」という字のあたりが興業坊の位置です。(地図:都市出版 東京人2006.11月号より)

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ちなみに上戸彩「李香蘭」で、山家と二人で橋の上で話す場面や、川喜多さんに洋服を質に入れるよう頼むシーンで出てきた鉄橋はPhoto_24 ガーデンブリッジと言いますが(ドラマの撮影場所は上海影視楽園)、この地図のちょうど「共同租界イギリス・アメリカ・日本ほか」と赤い字で書いてあるの「メ」の字の下あたりにかかっていた橋です。小さい○を付けました。この橋を南に渡るといわゆる華やかなオールド上海のバンド地区です。下の絵をクリックすると大きくなります(ブラウザーによってさらズームアップするとビル名が読めます)。Photo_36 上戸彩「李香蘭」で上戸彩の登場する最後のシーン、船上の回想シーンで映るのがこのバンド地区のビル群です。

租界地図の真ん中辺に競馬場と書いてありますが、「上海国際競馬場」で昭和20年8月9日に夜来香ラプソディのアンコールコンサートを開いたところです。現在は人民広場となっています。また最初にコンサートで夜来香を歌ったグランドシアターは、最もにぎやかな南京西路(当時は静安寺路)をはさんで向かい側にあります。下の1930年代の競馬場の絵の左端にぎりぎりに見えます。絵の真ん中の塔のあるビルはカジノなどがあるちょっと怪しい総合娯楽ビル「新世界」、左の茶色いビルは「パークホテル(国際大飯店)」といい、22階建ての高さは日本の霞ヶ関ビルができるまでアジアで一番高い建物だったそうです。Photo_35 実際のコンサートシーンの撮影は「雲峰劇院」という、いくつかある上海雑技団のうちの一つが拠点としている劇場で、静安寺の北、北京路にあります。地図だと黄色い共同疎開の一番左端です。今年の冬上海に行ったときにたまたまここの2階席で雑技団を見ました。赤いイスが印象的な古い劇場でした。

地図の右下あたり、円形の道路に囲まれた部分は中国人だけが住む当時は上海城とか城内と「呼ばれていた地区ですが、○で囲ったあたりは豫園(ヨエン)Photo_32 という古い中国の建物が残る観光スポットです。上戸彩さんもラジオで紹介してましたが小龍包のおいしい店があり、長い行列がいつもあります。

さて、李香蘭たちが収容された長屋ですが、現在も残っているようです。月刊誌「東京人」2006年11月号に写真が載っていました。Photo_23

見づらいですが3階建ての長屋のようです。日本人街の中なのでもともと日本人の住居だったと思われます。先ほどの吉行エイスケもここに住んでいたということです。終戦で日本人の住む住居は中国政府に全て管理され、それを収容所として日本人に再配分し、日本人の帰国後中国人が住み現在に至る・・・・・・という感じでしょうか。

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2007年7月 6日 (金)

沢口靖子「李香蘭」

正確には沢口靖子主演の「さよなら李香蘭」ですが。1989年のフジテレビのドラマです。遅ればせながらビデオを見てみました。上戸彩「李香蘭」を見て「李香蘭になりきれなかった上戸彩」と言い放った元フジテレビの横沢氏が製作者として名を連ねています。まったく、テレサテン物語の原作者有田氏といい、発言に影響力のあるテレビ関係者が上戸彩「李香蘭」を辛らつに言うのはどういうわけでしょうか。嫉妬心を公にしているのだとしたらどうかと思います。実際に上戸彩李香蘭の歌う夜来香のyoutube動画を見た世界中の方からのコメントはこちらを参照してください。非常に評判がいいです。

上戸彩「李香蘭」の歌う上海ステージでの「夜来香」はこちら 

さて、上戸彩と沢口靖子の二つの「李香蘭」。同じ一つの人生を扱っているからには相当似ているかと思いきや、脚本が別だからか展開もかなり違っていました。原作は上戸彩「李香蘭」は山口淑子著の「李香蘭を生きて」、一方「さよなら李香蘭」は、山口淑子・藤原作弥共著の「李香蘭 私の半生」になっています。

「さようなら李香蘭」にずっと流れるベースには、日本軍部に対する批判精神があるように感じました。平頂山事件での村民3000人虐殺(注:中国側主張では死者3000人で、どちらのドラマでもこの数字が使われています。数字には別の説があり当時の平頂山村の人口は約1400人、国連理事会での発表では死者700人とするものもあります)では、銃撃シーンがリアルに描かれていたし、甘粕氏に関しては、中国人俳優への給与を日本人に近づけるなど満州人思いの施策を行う場面もありましたが、冷酷で下劣に描かれる場面が多かったです。李香蘭の父親は自分が愛する中国を日本軍がズタズタにすることへの怒りから酒におぼれる、という展開もありました。

また、反日テロリスト集団というか反日パルチザンみたいな組織が親日派の中国人映画制作者を暗殺するシーンも上戸彩「李香蘭」に無かったものです。実際、シカゴのギャング団なみにピストルでドンパチやっていたようで、上戸彩「李香蘭」で少し違和感のあった、「戦争中にもかかわらずどこかのんびりして華やかな社交の街上海」、といったイメージとはやはり違っていたのだと認識させられました。Photo_16

沢口靖子「李香蘭」ではこのような展開を使って、李香蘭が日本人であることを隠そうとし、また隠し続けることに悩み、裁判では彼女を有罪にしようという中国人の意思が当然と感じられる、そんなストーリの持っていきかたをしていました。

上戸彩「李香蘭」ではそのような背景描写は薄く、替わりに李香蘭の味わう個人的な疎外感やアイデンティティへの悩みなどによって時代背景をプロットしており、上戸彩さんの役割が重かった脚本だと思います。

歌の場面は、沢口靖子もがんばっていて、全部自分で中国語で歌っていました。発音も一つ一つしっかりと発声していました。まじめな彼女のことですから相当練習したものと思われます。この辺は上戸彩さんと共通の女優魂を感じます。「売糖歌」は別歌詞バージョンが使われていて新たな発見でした。この曲は上戸彩「李香蘭」と違ってフルバージョンで最後まで聴くことができ、夜来香と並ぶメインの曲になっていました。

「さよなら李香蘭」ですこし違和感があったのは、例の「テレサテン物語」と同じく、中国人が中国語で演じるべきところで誰でも知っている日本人俳優が日本語で会話する、というところです。フジテレビらしい豪華キャストなのが裏目に出ていて少し目立ってしまいました。日本人俳優演じる中国人役の日本語はわざとたどたどしくしする演出をしていましたが、やはり端折った感じです。ただ「テレサテン物語」ほどはひどくなくて、沢口さんはじめ、多くの日本人がここぞという場面ではかなり上手に中国語を話していました。

脚本、展開以外で比較してみると、上戸彩「李香蘭」での映像の美しさ、歌を含めた音楽の素晴らしさ、この2点が印象に残ります。ヘアメイク、衣装、小道具大道具、カメラワーク、音響・バックミュージックなどの細かなところが進化しています。逆に綺麗過ぎて、時代考証的にはフィクション感が強いかもしれません。

李香蘭以外の登場人物では、山家氏の描き方がどうしょうもない阿片中毒者として描かれ気の毒なくらいでしたが、そこから抜け出せずに戦後自殺したことを考えるとより史実に忠実なのかもしれません。山田邦子演じる川島芳子に関しては、菊川怜のほうがパンチ力ありました。山田邦子もはまり役だと思いますが、菊川怜にとって乗り越えるいい目標になったものと思われます。川喜多さんについては、とことん誠実な人柄を出す演出がしてありました。

李香蘭になりきっていた、いない、これに関しては人それぞれの印象があり実はあまり重要ではないと思います。本人に近いことが大切なのでなく、本人の抱えていた何を引っ張り出しどう表現するか。沢口靖子は撮影後半にはすこしやせたようで、もともと美形の顔がさらにシャープな洋風の顔立ちになって本物の李香蘭に近かったかもしれません。また声の調子なども毅然とした主張ができていて、清楚でありながら、したたかでもあったといわれる本物の李香蘭に近かったかもしれません。ただ、李香蘭が味わったであろう苦悩、これは上戸彩「李香蘭」の脚本・演出、そしてなにより上戸彩さんのいっぱいいっぱいの演技により多く感じ取ることができました。

沢口靖子さんはこの作品の4年後に「エトロフ遥かなり」という、やはり戦争直前の緊迫した時代を描いたNHKドラマで素晴らしい演技をされ、女優として飛躍していったと思います(このドラマはお勧めです)。上戸彩さんも「李香蘭」を踏み台に素晴らしい女優さんになるのかなと思います。

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