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2007年9月17日 (月)

座談会での李香蘭 in 上海 (2)

座談会 in 上海 (2)では李香蘭の対談相手の張愛玲(チャン アイリーン)にスポットを当てました。彼女は李香蘭と同じ年の9月に上海に生まれ、10歳のときに両親が離婚、12歳のときにはすでに最初の短編小説を書いています。1943年、彼女の書いた小説がきっかけで、日本軍の傀儡政権である汪精衛政権の幹部、胡蘭成に見初められ結婚。しかし、彼の愛人問題にすったもんだのあげく4年ほどで離婚。戦後は売国奴の妻を糾弾する共産党政権から逃れてアメリカに渡り執筆活動を続けました。

以下、座談会での張愛玲による、李香蘭評の部分です。引用元は、「李香蘭と東アジア」(四方田犬彦/東京大学出版会)です。

(前略)

記者:脚本の話が出たところで、張さんにお聞きしましょう。張さんがもしご自身のこの一年半の多くの体験をもとに映画の脚本を書くとして、李さんが主演なさるとしたら、主人公はどのような人物になることでしょうか?

(中略)

張愛玲:そんな脚本を書いても、たぶん李さんの個性とはあまり合わないでしょう。私は彼女の歌う歌を聞くといつも、彼女は人間ではなくてみたいな気がするのです。たとえば渡辺はま子が歌う「支那の夜」は彼女のとはまったく違って、血の通った声であり、聞けば普通の女性であり、確かにそこに存在して、触れることのできるものであるという感じがします。李さんが歌う「支那の夜」は、まさに歌のなかの東方の小鳥のようで、人間の多くの複雑な問題や面倒などがいっさいありえないかのようです。

私は「萬世流芳」にはきわめて不満だったのですが、でもそのなかの李さんの演技が、共演の中国人俳優たちの大袈裟な演技とは全く正反対の系統のもので、まるで相容れないものだとわかりました。あれを見ている時は、初めから終りまで彼女の困難に同情し、憤 慨していました。中国の観客にとってみれば、あまりに自然な演技は受け入れがたいものなのでしょうが、彼女の個性と歌声が実に愛すべきものであったので、熱烈に受け入れているのです。彼女と王引との一連の長いやりとりがあった後、彼女が歌い始めるのですが、その時私は、ほかの俳優、監督、物語などは全て余計で、掃いて捨ててしまってもいいなと思いました。

Photo_4

写真は「萬世流芳」で劇中歌「売糖歌」を歌うシーンで中国人の監督から指導を受ける李香蘭。「キネマと砲声 日中映画前史」(佐藤忠男/リブロポート社)より

もし、李さんのために脚本を書くのであれば、もっと芸術的であるべきだと思います。もともとミュージカル映画というものは、リアリズムで書けるものではありません。大体どこに、話をしていたかと思うと突然歌いだしたりする人がいるでしょう?でも映画の芸術化というのは、ハリウッドでさえもまだ実験の最中でして、今この場ではそこまで語ることはできないと思います。中国映画のレベルは言うまでもありませんが、日本映画もおそらく戦争が始まって以来、退歩したことでしょう。まずは戦前の日本映画の水準に戻らねばなりません。未来の東洋の映画にはきっと希望があります。なぜなら視覚芸術は東洋人にとって、とりわけ気質的に親しみやすいからです。李さんのために考えてみますと、今しばらくはやはりリサイタルをなさった方がいいでしょう。

(中略)

記者:私はもともとあまり小説を読まなくて、雑誌の目次をパラパラするくらいなのですが、友達と話していると、よく張さんの名前が出ますし、また小新聞でもしばしば張さんの恋愛に関するウワサを目にします。そこで張さんの恋愛観をお尋ねしたいですね。

張愛玲:(淡々とまじめに) 私がどのような考えを持っていようが、そんなに簡単にお教えすることはできませんでしょう?私は職業文人ですし、これまで筆で食べてきているのですから、簡単にお話してしまったら損じゃございません?

全員:ははは・・・・・

記者:では将来そのような文章を書くおつもりがあるといういことは?

張愛玲将来もっと経験と考えを積んだら、その時にはきっと書くでしょうね。

以上引用終り。実際の対談記事もこの言葉をもって終わっています。

さて、内容を振り返って見ますと、張愛玲が当時の李香蘭とは違ったタイプの女性であることが伺い知れます。彼女の小説は「美しくて繊細で残酷な文体」と言われています。この短い対談のなかでもそれを感じ取ることができるでしょう。幼くしての両親の離婚と、つらい結婚生活の渦中でもがいていた張愛玲。それまでの複雑な環境が、人間とは綺麗ごとだけでは済まない、という思想に連なっているようです。そして天女のような李香蘭に対して脚本を書いても自分のスタイルに合わないだろうと言っています。ただし、李香蘭の内面が単にナイーブで純粋な天女だったかどうかは当然疑問符が付きます。10代半ばからずっと中国人だと国籍を偽って大衆に接し続けることのアイデンティティ クライシス。これは本人にしかわからない負担だったはずですから。

また、李香蘭に対して、今しばらくは演技ではなく、歌のリサイタルに集中したほうがいいのではないか、とまで言っています。これは日本軍の検閲の入る映画では限界があることを言っているのかと思います。日本の映画の退歩についてや、中国人俳優と李香蘭の演技の比較を言っていますので、彼女はおそらく李香蘭が日本人だと知っていたのでしょう。当時の中国映画界では、李香蘭を中国人のまま、そっとしておいてあげよう、という空気のようなものがあったのかもしれません。となると、李香蘭が中国人と偽り続けていたその複雑な環境に対して、張愛玲がこの座談会で言及することは不可能だったのでしょう。結局表面に現れ出る李香蘭のみをあらわして天女のよう、ということになってしまうのでしょう。そしてその足かせを負ってしまっている李香蘭には、張愛玲のリアリズムをベースとした脚本を演じるのは無理だということになるのでしょう。

最後に彼女は東洋人のつくる映画の将来性には明るい希望を抱いていると閉めています。そして、自分の恋愛観をからめた小説を書く可能性を、将来の予想として述べています。これについては、次回の記事「色 戒 Lust, Caution(ラスト コーション) 」lで触れたいと思います。

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