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2007年9月17日 (月)

座談会での李香蘭 in 上海 (1)

終戦直前の1945年7月21日夕刻、李香蘭と張愛玲(チャンアイリーン)との対談が上海で行われました。張愛玲は日本占領下の上海において新進気鋭の作家と呼ばれていた24歳の女性です。主催は中国語の文芸総合誌、月刊「雑誌」社です。出席者には二人のほかに、李香蘭の後見人であり、日中合弁の映画会社中華電影を主宰する川喜多長政氏、張愛玲の友人と数人のジャーナリストなどがいました。

Photo 場所はフランス租界にあるフランスクラブ近く(咸陽路二号:カンヨウロ2ゴウ、現、陝西南路:センセイナンロ)で、広いバルコニーのある庭園で納涼お茶会のような形で行われたようです。この座談会は山口淑子の自伝にも載っておらず、当時の彼女の考えや時代背景を垣間見ることのできる貴重な声だと思います。もともとの記事は「雑誌」復刊37号(1945年8月号)に中国語で掲載されました。2001年出版の「李香蘭と東アジア」(四方田犬彦/東京大学出版会)には日本語に翻訳されて掲載されています。李香蘭に関係する一部を抜粋してお伝えしたいと思います。

以下引用(抜粋)

納涼会見記

ある夕暮れ方、青々とした天幕に幾つもの白雲が浮かび、草地の陽光が消えた頃、テーブルの横には椅子が置かれ、客人たちがコーヒーを啜りながら談笑している。(中略)李嬢といえば、歌を何曲か練習したあとに駆けつけ、この日は黄色の旗包(チーパオ)を優美に着こなして象牙の珠の首飾りを掛け、ヘアースタイルはというと・・・額の辺を高く盛り上げ、後ろはアップにしている(中略)

Photo

記者:もし李(注:李香蘭)さんがある映画に出演なさりたいと思い、張(注:張愛玲)さんに脚本の執筆をお願いするとしましたら、李さんはどのような役をおやりになりたいですか?

李香蘭:ミュージカル映画を例にとりましょうか。私は自分のリサイタルで新旧の「夜来香」を歌い、その時は皆様に大変喜ばれました。そうしましたらある方が、こんなシナリオを書こうとされたのです。ある老音楽家が古いほうの「夜来香」を作ったのですが、大変傲慢で当時の社会と相容れなくなり、出奔してしまいます。そして何年かが過ぎ、彼の息子もまた新しい「夜来香」を作ります。私はこの老音楽家の息子の恋人を演じることになっており、最後に私が新しい「夜来香」を歌うと、流浪していた老音楽家が物陰からそれを聞いている、というものでした。

(ここまで話した彼女はにっこりと笑い、ちょっと間を置き、また笑いながら続けて話す)

私はこの脚本を読んで、どうも何か足りないような気がいたしまして・・・・。

(彼女は恥ずかしげに、向かいに座っている川喜多氏にひそひそと内緒話をする)

川喜多:私が李さんに代わってお話しましょう。彼女は映画の中でこれまでずっと、日本の美男子を愛する中国女性というパターンの役柄に扮してきました。しかし本人はそうしたことを望んではおりません。彼女が想い描いている恋愛物語とはありきたりでは駄目で波浪のごときものであり、浅薄ではなく深刻なものなのです。

李嬢は川喜多氏が自分の心のうちを一部言葉にしてくれたものの、話し尽くしてないとでもいったふうであり、女性特有のはにかみをもって精巧な白檀の扇子を開き、隣に座っている張愛玲の顔をさえぎり、しゃべり、笑っている。この扇子はあたかも謎かけのようでもあり、あるいは女の人というものは誰か別の女の人がいてこそ胸の秘密を打ち明けることができる、という感じである)

全員:(皆興味深げに声を揃えて言う)では張さんに、李さんに代わってご意見をご発表願いましょう。一体彼女はなんとおっしゃっているのでしょうか。皆さんにお聞かせください。

張愛玲:彼女が言うのは、二十歳の女性と二十六歳(注:数え年)の女性とでは主演したいと思う映画が異なるということです。それは心境の変化によるものだからです。あまりに平凡でお決まりの愛ではなく、激情」の愛を求めているのです。

(中略)

記者:李さんは今回上海にいらして新しく感じたことですとか、新しい状況、新しくできた友達などはおありでしょうか?(中略)

李香蘭:新しい発見がなかったかとのお尋ねですが、・・・・えー、私は・・・・

(うつむいて、ひとしきり考えて、また顔を上げ、長いまつげの下の瞳を大きく見開き、続く言葉にアクセントを置いて言う)

私は人としてどのように生きるかということを発見したいのです!理想としましては、健康な人間でなくてはなりません。健康な体、健康な生活、健康な恋愛を持つ人間です。人として生きる上で健康な生活がなければ、人間らしく生きている気がしません・・・・。どのようにして、人としてどのように生きるのでしょうか?

(一旦止まり、また続けて話す)

私は毎日歌を歌い、毎日先生から英語やロシア語を教えていただき、音楽の勉強をしておりますが、これは学習であり、訓練であって、人として生きるための基本道理ではありません・・・・。どうすれば人として生きることができるのかが、私にはわかりませんわ・・・・。

(このように話す時、彼女は人海の中をあてもなく航海しつつも、心の中は空虚、苦悶、孤独でいっぱいなのだという感じがする)

一人の女性の幸福というのは有名だとか、お金があるということではなくて・・・・女性の幸福はどこにあるのでしょうか?・・・・私にはわかりませんわ・・・・大光明劇場でのリサイタルから帰ってきて、一人で泣きましたの。なぜ泣いたのかわかりませんが、寂しかったのです!・・・・

記者:彼女は人並みの楽しみさえない生活を送っているのですか。

川喜多他人のための生活を送っているのですよ。

記者:話が深刻ですね。

記者:張さんは小説の中に自分の考えや情感を表現できますが、李さんは映画のなかではそのような慰めは得られないのですね。

李香蘭:私の人生観と映画のなかで表現するものとは別のものです。

記者二重人格をもっているのですね。

李香蘭:時々、私はいことをしたくなるのです・・・・皆さんはいけないことだとお思いですか?・・・・このような考えを持つのは危険だとわかっているのですが。

記者:あなたの言う悪いことこそが、ひょっとして人として生きる道かもしれませんね。

李香蘭:私は女です。芸術家であるためにはもちろん経験豊富であることが必要です。しかし女であることはまた別の一つの道です。私は今その岐路に立っているのです。

(後略)

以上、「座談会 in 上海 (1)」への引用終り

こうやって見てみると李香蘭の苦悩が痛いほどに伝わってきますね。自分の考えは置いておいて、演じろと言われたままに演じる。出演しろと言われたままに出演する。しかも中国人と偽って。彼女のうちに秘めた本当の自分を出したいという欲求は爆発寸前だったのではないでしょうか。「悪いことをしたい」、この言葉は痛切ですね。

健康な生活についての言及もありました。これはアヘンに侵された上海の乱れた部分のことを憂いているのだと思います。映画界入りのきっかけとなった日本陸軍宣撫担当の山家氏がアヘン中毒になって酒池肉林の宴をあげつつ、日本に送還され獄に繋がれるさまを見ていることや、栄華を誇った川島芳子の落ちぶれた現状を見ていることなどが影響していると思います。

また、歌の練習のあとにこの座談会に駆けつけたり、英語やロシア語を学んだりという話からは、彼女の日常生活が女優そして歌手としてのトレーニングの毎日だったことがうかがえます。

そして「女であることはまた別の道です。私は今その岐路に立っているのです」という言葉からは、彼女にひょっとしたら意中の男性がいて、幸せな結婚を経て映画界から逃げ出すことを考えていたのでは?、とも思えます。結局この座談会から一ヶ月もしないうちに終戦を迎え、それまでの人生は全てリセットされ日本に渡ることになります。人生の岐路において、いやおうなく舵が切られた李香蘭は、戦後は山口淑子として、キャスターや政治家なども経験し、存分に自分らしい人生を歩まれてこられたのかなと思います。

「座談会 in 上海 (2)」へ続く

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コメント

いつもコメントありがとうございます。今も時々DVDを見るのですが、つくづく上戸彩ははまり役だったと思いますね。決して本人に似てるわけではないのですけど。上戸彩にはイノセントで無垢なかわいらしさがあり、同時にふと見せる陰もあります。藤原作弥氏も述べているように李香蘭もイノセント。無心に生きてきた。

上戸彩が李香蘭を演じたのは運命的なものがあったと思いますね。私は上戸彩の李香蘭に、いっぱいいっぱいに努力する姿勢が人の心を動かす、ということを教えてもらいました。このブログはそのことに対する感謝でもあります。私はなぜこんなブログを作り始めたか実はよくわからなかったのですが、たぶん感謝なんだと思います。あの時代を精一杯生きたすべての人たち、その時代を再現してくれた上戸彩李香蘭に対しての。

投稿: bikoran | 2008年4月 2日 (水) 00時48分

半年後のコメントで恐縮ですが、張愛玲と李香蘭へのインタビュー記事が面白いのでコメントします。
 張愛玲の李香蘭評は鋭いですね。「天女」のようとは、彼女の当時のミュージカル歌手としてのありかたを的確に表現していると思う。この才気溢れる作家が祖国をあとにしてアメリカに亡命しなければならなかったと言うのは悲しい現実です。
 あ、それから、この座談会での李香蘭の発言-「悪いことをしたくなるのです」についてのブログのコメントが面白かった。これはテレビドラマの上戸彩ちゃんが演じたらピッタリのセリフですね。彼女が田村泰次郎にタバコの煙を吹きかけて眼を醒まさせてから、あわててホテルの部屋に隠れて彼氏の来るのを待っているシーンを思い出してしまった。
 この座談会の雰囲気は、敗戦直前だというのに(おそらく意図的に)非政治的な内容に終始しているのが不思議ですねね。この座談会の記録が漢奸裁判で参照されたかどうか知りませんが、参照されたとしてもこれなら大丈夫ー李香蘭はイノセントです。

投稿: Cosmopolitan | 2008年4月 1日 (火) 00時49分

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