« 2008年1月 | トップページ | 2008年4月 »

2008年3月の6件の記事

2008年3月20日 (木)

李香蘭にフランス人の血が?

李香蘭(山口淑子さん)が、昨年「インテリジェンス」誌 / 20世紀メディア研究所編 008号で満州時代の映画についてインタビューを受けていて、そこで、母方の4代前がフランス人だったかもしれない、というようなことを言われてました。子供の頃の写真を見ると目元とかが日本人離れしてて「?」でしたが、なんとなく納得。 写真は小学校を卒業する時の12歳の山口淑子さん。

12_3

| | コメント (4)

2008年3月16日 (日)

驚いた 李香蘭と小野寺信を結ぶ線

ひとしきり、小野寺信(マコト)に関して書いてきましたが、彼の奥さんの書いた「バルト海のほとりにて」の中に、2回「大鷹」という名字が゙出てきました。 一つ目はバルト海沿岸の小国ラトビアがソ連の侵略を受けて併合され、日本公使館が閉鎖され、大鷹正次郎公使らが帰国する話。もう一つは、次女節子さんの旦那さんが大鷹正さんという外務省勤務の方(のち外交官)だとわかる部分です。


李香蘭(山口淑子)さんの2番目の旦那さんも大鷹弘さんという外交官ですが、その時は「まさか」と思って気にも留めていませんでした。


でも確かに「まさか」なんですが、大鷹という名字はあまり一般的ではないし、二人とも外交関係だしひょっとしてと思って・・・・・。

検索してみると某辞書サイトの山口淑子の欄に、「義弟:大鷹正」の記述を見つけました。で、まことに勝手ながら、下のように線を繋げてみました。下の図をクリックすると大きくなります。(単なる同姓同名であったらお詫びして削除致します)

いやはや、まさか李香蘭と小野寺信がこうつながるとは思ってもみなかった。

2_3


そして、さらなる偶然を発見!国会議事録の中なのですが、さすが国会で、発言にはすべて番号がふられ発言ごとに管理しているのですね。大鷹正さんは昭和51年10月26日の第078回国会 外務委員会5号というのに出席されています。ベトナム戦争が終わり南ベトナムが消滅し、北ベトナムと統一されたが、日本から南ベトナムへの債権は継承されるのか?債権放棄とするのか?という議員の質問に答える役を勤めていました。下のリンクを「大鷹」でページ検索してみてください。面白いことがわかります。http://kokkai.ndl.go.jp/SENTAKU/sangiin/078/1110/07810261110005c.html

議事録の上の方に出席委員名が載っていますが、そこに李香蘭の昭和51年当時の本名「大鷹淑子」の名前があるではないですか!大鷹淑子さんは昭和49年に田中角栄首相の推薦を受けて参議院議員に当選しており、外務委員会に所属していて、この日たまたま、大鷹正さんと同じ委員会に出席したということのようです。


上の家系図を見ると、そもそもの始まりである小野寺信と大鷹正次郎は、同じバルト三国のラトビアという小国に、しかもかなり近い時期に赴任している。もうこのあたりから運命的なものがあったのかもしれませんね。

昨年の冬、私が上海に旅行に行っていなければ見なかったかもしれない、上戸彩主演ドラマ「李香蘭」。そしてやはり上海を舞台にした映画「Lust Caution」をきっかけに、鄭蘋如(テンピンルー)を調べようとしなければ私の目に留まることは一生無かったであろう小野寺信。李香蘭と小野寺信が今、私の中で結びきました。





| | コメント (8)

2008年3月13日 (木)

小野寺信と「ストックホルムの密使」

前に、沢口靖子のNHKドラマ「エトロフ遥かなり」を見てずいぶんと感動したわたし。「ラストコーション」と違って、同じ戦争直前の情報戦の中でも、あくまで日本的情緒の中でしっとりと男女が描かれている、ある意味ほっとする、しかしスリリングな展開のすぐれたドラマだった。

その続編が「ストックホルムの密使」で、原作は「エトロフ遥かなり」と同じ佐々木譲。「エトロフ遥かなり」はかろうじてビデオ化されており、NHKが販売している。ところがこの「ストックホルムの密使」はビデオ化されず、今後もされる気配はない。

Photo_2 でもどうしても見たいなぁと、なぜなら上海でテンピンルーとも絡みながら、蒋介石との直接和平交渉に日中和平の糸口を見いだそうとがんばっていた小野寺信のドラマだということがわかったから。NHKアーカイブスにあるのでは?と埼玉県川口市のNHKに行って検索かけてみたけど、出てこなかった。正確にはアーカイブはされているのだが、公開をしてないということになる。改めて著作権交渉を行ってまで公開するだけの需要はないと見ているのだろう。その替わりにここでNHK特集の「日米開戦不可ナリ」という、小野寺信のスウェーデン時代の情報戦での活躍ぶりをドキュメンタリーにした番組を発見することができたので、後段で言及したい。

さて、あきらめずにネットで検索かけていくと、横浜にある放送ライブラリーというところが、この「ストックホルムの密使」を公開していることがわかった。で、遠路はるばる出かけて行った。見たい番組を申し込むとサーバーに保存されているものがモニターに映るしくみ。イス・机が事務用なので、長時間見るのは結構つらい。思いっきりおやじ姿勢の行儀悪い姿勢で、ヘッドホンしながら見ることになった。前後編あわせて3時間くらいはあったか。

で、感想はというと、「期待はずれ!」。「エトロフ遥かなり」が秀逸だったため期待値が上がりすぎていたのかもしれないけど、ドラマを見るよりは原作を読んだ方がたぶんいいです。

さきほど書いた、川口市のNHKで偶然見つけたNHK特集、「日米開戦不可ナリ」。これには小野寺信本人も小野寺信の奥さんもインタビューで出てくる。参考文献も出ていたのでメモして、その本の一冊を買ってみた。奥さんである小野寺百合子著作の「バルト海のほとりにて」がそれ。ちなみに、この小野寺百合子さん、なんと「ムーミン」の翻訳者だった!この方のおかげでムーミンが楽しめていたのかっ!そういえばムーミンは、北欧の伝説がもとになっているのでしたね。

「バルト海のほとりにて」では、小野寺をはじめとした情報将校が北欧でいったいどんな日常を送っているのかが赤裸々に書いてあった。想像だにしなかった世界がストックホルムを中心に展開されていた。情報戦、インテリジェンスともいいますけど、情報を得ることだけが重要なのではなく、得た情報のなにを捨てなにを採用するか?!がとても重要だということがよくわかった。

結局小野寺信は極秘かつ正確な戦略的情報を得て、それを日本に何度も何度も打電していたにも関わらず、日本では彼の情報は意図的に軽視されていたため、ずいぶんと戦争遂行、戦争終結の決断を誤ったようだ。特に日米開戦前、ドイツとソ連の戦力比較において、ドイツが意外と弱体であること、日本の敗戦まぎわのソ連参戦の情報、アメリカによる原爆投下情報である。これらの情報が採用されていたらずいぶんと日本人の不幸も少なかったのではないだろうか。

上海といい、ストックホルムといい、小野寺はがんばっていた割には報われなかった、という印象を受ける。これは彼がどちらかというと反主流派というか、セクショナリズムの激しい日本軍の組織の中でも、傍流に属していたことも関係しているのかもしれない。上海での主流は影佐率いる汪精衛政権樹立派である。彼らは陸軍参謀本部のシナ課中心だ。一方、小野寺はロシア課によって上海に派遣され、和平を試みようとしたのだが、陸軍内での力関係は圧倒的にシナ課がロシア課よりも強かったようである。

2011年8月7日追記

文春新書 「あの戦争になぜ負けたのか」の中で、半藤一利は、陸軍大学出の将校が統制派と皇道派に分かれ、二・二六事件の首謀者側であった皇道派が中央からはじきだされた。小野寺は皇道派レッテルを貼られていたために、見向きをされなくなった、と書いている。

Stockholm そして、中立国スウェーデンの首都、情報戦の中心地ストックホルム時代には、複数の情報が上がってきた場合、ストックホルム駐在情報よりもドイツ駐在情報を採用する、という力が働いていたようた。ドイツというのは右手で日本と握手しながら、左手では日本の戦争相手である中国国民党軍に武器を売り、戦術訓練、上海周辺の要塞構築を行っていた国である。小野寺は大島駐独大使ら、ヒットラーを信奉する駐在日本人は全く信用していなかった。彼らは日本政府主流派が喜ぶ情報しか上げていなかったのだ。

かみ砕いて言うと、日米開戦前に、「ドイツは強い!ドイツはイギリス上陸作戦を展開間近!」とか、日本敗戦間際には、「ソ連が日米の和平交渉を仲介しくれるようだ!・・・」などといういい加減な情報だ。いい加減は言い過ぎかもしれない。実際ドイツ軍はイギリスに海峡を隔てて臨む占領地沿岸に多数の上陸用車両を並べ、それを日本人武官に視察させていた。敵を欺く前にまず味方を欺いていたのであり、ドイツ駐在日本人情報将校はまんまとだまされた。

このような加重されたドイツ戦力情報によって「日独伊三国同盟を結べばアメリカなんか引っ込んでしまう!」という松岡外相の豪語も出た。後の海軍大臣井上成美は松岡発言を「そういうのを痴人の夢というのだ」と切って捨てている。

また、ソ連が日米和平を仲介してくれるようだ、という出所不明の情報によって、かつて「蒋介石を相手とせず!」と豪語した(実際はさせられた)近衛文磨元首相が、ソ連までお伺いして、日本とアメリカの和平を頼みに行く計画がなされていた。ソ連はその話に乗っているふりをして、対日参戦準備のために時間稼ぎをしていただけだった。ソ連軍は準備が整うや否や満州に攻め入り、近衛文磨の息子文隆を含む日本軍人数十万人のシベリア抑留者や、帰るに帰れない開拓団などの日本民間人に対する惨劇が待っていただけというのはなんともやるせない話だ。そして戦後の対日処理についてソ連に発言権を与えたくない米国は、すぐさま二発目の原爆を落とす。複数の原爆が落とされるという、小野寺の打電した通りになってしまった。

このような歴史を学ぶにつけ、日本政府は国際戦略という観点からはとってもアマチュアな国であると認識せざるを得ない。まあ、島国で平和に一人ごちているのが似合っているのかもしれない。政府がアマチュアは失礼か。結局、日本政府は、ポツダム宣言が為された後も、戦後の天皇制保持が担保されるまででは降伏しない、という選択を取った。それはそれでまことにもってプロフェショナル?な固い意志が働いた。沖縄が蹂躙されようと、原爆が落とされようと、まだまだ負けなかった。国体護持のためだ。

国体?国民体育大会のこと?いや天皇を頂点とする日本のことである。その国体が護持、護持とはまたたいそうな言葉だが、保持されることがアメリカに保証され、やっと降伏できるようになったのだ。木戸を中心とした天皇側近による聖断シナリオ。事ここに及んで「堪え難きを堪えてくれ」、とはよくできた文章といえよう。

| | コメント (3)

タンウェイがやばい

どうやら中国共産党のお偉いさんには、Lust Caitionのタンウェイ(写真左)が少々目障りに映るらしい。

中国で化粧品のポンズのコマーシャルに9000万円といわれる契約金で出演したLust, Cautionのヒロイン、タンウェイ。このほど、政府上層部の指導により、中国国内でのタンウェイがらみのテレビ放映はこの最新のCM含めてすべて禁止されたようだ。

Photo_2 映画やドラマの出演者は監督の言う通りに演ずる訳で、ましてやシナリオやストーリーに出演者である彼女にはなんら責任はないのだが、とんだとばっちりである。

中国のマスコミによる報道だと、「Lust Caution は日本軍側に付いた売国奴を美化した映画であり、愛国烈士を冒涜するもの。台湾の思惑もからんでいるに違いない・・・」、ということのようだ。

そう取ろうと思えば取れなくもないけど・・・・・・。私に言わせれば、微妙に日本を冒涜する部分が気になる映画なんだが。立場変われば取り方も変わるもんだ。

映画の作り手以上に、見る側はいろいろと勝手に邪推してしまうんだなぁ。自分も含めてね。それもこれも映画が歴史的に、政治に実際利用されてきたからなんだけど。李香蘭を知っている人はもちろん知ってますよね。でもこの映画は純粋に民間の商業プロジェクトなんで、まず、売れる映画、っていうのから入ってるとは思います。

タンウェイはいま中国を脱出しているらしい。安全に活動を再開できるといいんだけど。

| | コメント (0)

2008年3月10日 (月)

上戸彩「李香蘭」から1年

Photo_4 上戸彩の「李香蘭」がテレビ東京で放送されてから早いものでもう一年が経った。このドラマを見る二週間前に私はたまたま上海に旅行に行っていた。初めての上海は私にとって結構衝撃的だったので、このドラマもその上海を再度見てみたい、という軽い気持ちで見始めたのを覚えている。李香蘭は初めて聞く名前で、別に興味は無かった。上戸彩のドラマも歌も初めてだった。そんな私がこんなブログを作っているなんて不思議な気もする。なにかがはまったのだろう。

9月くらいからは上海つながりの映画、ラストコーションのヒロインのモチーフとなった女性、テンピンルーを調べ始めた。彼女にもはまった。資料は非常に少なかった。しかも偏った書かれ方をしていた。日本語文献だけを読めばピンルーは、ダンスホールに通う遊ぶ金ほしさと、好奇心や冒険心を満たすスパイ活動をする、ずる賢く貞操観念もない危険な女、となる。

中国側の書き方は一貫して、「抗日烈士」である。自分の身を犠牲にして中国を救おうとした英雄だと。中国の方々の書き手には申し訳ないが、私には「そんな単純ではないだろう」という思いが強い。確信犯的な抗日烈士だったら、暗殺未遂事件の後、日本側の相談相手に「私のやったことはいいことでしょうか、悪いことでしょうか?・・・」などと聞くわけはないだろう。

私は、ピンルーが抗日活動に入った理由は、中国人としてのアイデンティティを得ようとした結果だと思う。私は当時影佐機関に所属していた犬養健が「揚子江は今も流れている」の中で書いた、「ピンルーが学校を欠席がちになる条件が整っていった」という文章に引っかかっていた。その理由を類推していくうちに、上戸彩「李香蘭」の中でのクラスメイトとの抗日集会のシーンを思い出した。本当は日本人である李香蘭が始めて疎外感を味わう場面である。自分は周りの中国人とは違うんだと。日本人の母を持つピンルーも同じような疎外感を味わっていたのだと思う。

李香蘭の場合、映画会社や軍の宣撫担当が「李香蘭は中国人」という線で固めてしまっていた。李香蘭はそれに流されるしかなかった。ある意味流されていればよかった。一方、ピンルーは自分の手で自分が中国人であることを証明せねばならなかった。

もうずいぶん前の話だが、とある外国で知り合った日本人女学生が、両親は日本人、生まれと育ちが南アフリカ、現在ベルギー在住でオランダ語系大学に学び、日本での生活体験はほとんど無し、という人だった。彼女があるときぽつりと言った。

「私はアイデンティティクライシスに陥っているんです」

この初めて聞く言葉は私の脳裏に焼き付いた。私のように、こと国への帰属意識からみたら100%のアイデンティティが日本に属する人間には感じ取ることが難しい心理状態。自我の危機、と訳してもピンとこない。自分が何人だかわからない状態のこと、といえば少しわかりやすくなるかもしれない。

先日、上戸彩「李香蘭」のDVDを久しぶりに通して見てみた。東京に来ていた李香蘭が護衛役の男性に恋心を告白するシーンがある。そこで李香蘭が叫んだ。

「中国人でもなければ、日本人でもない、李香蘭なんて変な名前の、人形みたいな、生きた血の通っていない馬鹿な女・・・」

まさに、ぐらぐらとアイデンティティが揺れている。彼女はしかし、日本帰国直前の裁判では堂々と「私は日本人」と宣言できただけ幸せだろう。

今でも日本人と中国人の混血は珍しい。学校に一人いたら何かにつけ注目されるだろう。場合によってはいじめにあったりもするだろう。それが今から70年前の、日本が侵略中の中国でのことだ。ピンルーが学校でどんな状況にあったか、それなりに想像がつく。日中混血であることを隠しおおせていたかもしれない。それでも同じことだろう。母の国と父の国が戦いを始めている。どちらにも荷担したくない。しかし生きていくためにはあくまで中国人であることが必要だったのだ。




| | コメント (0)

2008年3月 9日 (日)

遅ればせながらLust Caution見た

Photo_5 遅ればせながらlust, caution(ラスト コーション)やっと見ました。アメリカのノーカット版DVD定価$20をeBayで$15でお買い上げ。ちなみにアメリカのDVDはリージョン1と言って、日本のDVDプレイヤーでは普通は見ることができません。日本やヨーロッパはリージョン2という地域になっています。アメリカとか東南アジアの値段よりも日本やヨーロッパではDVDは高い値段を維持されているんですね。たぶんこの映画も日本では3000円くらいで発売されると思います。

余談が長くなりますが、ではどうやってリージョン1のDVDを見るかというと、パソコンを使えば見れます。私のプライベートパソコンはMacなのですが、Macだとリージョンの変更は5回まで。5回リージョンを変更すると最後にセットしたリージョンで固定されてしまいます。そこで外付けDVDドライブを使ってこちらをリージョン1、Mac本体をリージョン2にすればどっちもセッティング1回であとは固定で見られるってわけ。Windowsだともっと手軽な方法があると思います。あ、あと、このアメリカ向けDVD、台詞は中国語となぜかフランス語を選択可、字幕は英語、フランス語などで、日本語はなし。はっきり言って英語の字幕追うのは疲れました。やはり安いなりにデメリットもありますね。英語力はつくかもしれないけど。

さて、感想を簡単に。まず期待が強かったせいか、あるいは、即効薬的お涙シーンをシナリオに入れていないからか、感動がなかった。というか、ネタを知りすぎていたからかな。なにせ原作がモチーフとしたオリジナルな情報lを探求してしまってたので。事実の方が遥かに興味を引き、やはり事実は小説より奇なりなんだなと。

夜中ちょっと疲れ気味のときに見たせいも有ると思うんだけど、なにせ、映画の主人公のワンチアチがなんとなくピンルーを思い起こさせるぞ? なんて思って、いやそれってピンルーをモチーフにしたんだから当たり前、ってことにしばらくしないと気づかないとか。いけませんね。

それだけ私の場合、ピンルーに入り込んでいた証拠かもしれない。ピンルーはああじゃないから。ピンルーにあってワンチアチになかったのは、日中混血という立場、アイデンティティの苦悩。これがラストコーションには無かった!皆無。ワンチアチは生粋の中国人学生で、ストレートに中国万歳な立場。だから日本を小馬鹿にするせりふも普通に言えてしまっている。国籍とアイデンティティの相克という重要なポイントで、ピンルーとワンチアチは最初から最後まで重なることはなかった。



この映画の主題は原作小説をしっかり踏襲している。男女の愛憎、情と理性のせめぎあい、ですね。つまり、原作者張愛玲の思いを映画化したものでした。張愛玲はこれ絶対喜んでますよ。日本の傀儡政権、汪精衛政権の幹部である胡蘭成と結婚。売国奴と結婚したことへの批判、彼の愛人問題に悩みながらも離れられない苦悩。張愛玲はその複雑な思いを「色戒」に著しました。

ピンルーそのものを描くドラマが今中国のテレビ局で企画されているようで、こちらは日中混血という立場がしっかり描かれるようなので、少し期待もしていますが、監督の経歴を見るとどうも抗日烈士みたいなキャラを付けそうな予感もあってどうなるやら。こちらのほうが失望が大きいかもな。その前に日本で見る手段があるのか、というのもありますけど。

さてこの映画、ワンシーンワンシーンを取り出すと、それなりにスリリングな展開もあります。宝石店で石を選び、指にはめ、徐々に感情が高まり・・・・・彼が脱兎のごとく逃げ出す、この辺の展開は映像ならでは。ワンチアチを演じたタンウェイの表情での演技、唇の動きだけで感情の変化を表現する演技、これはなかなかのものです。対してワンチアチの相手役、トニーレオンは目で演技する人でした。

Photo_6 また、周旋が映画「馬路天使」で歌い、李香蘭もカバーした「天涯歌女」、これを日本租界内の料理屋の座敷でワンチアチが歌い、舞うのですが、これは秀逸ものでした。タンウェイは新人さんらしいですけど、実力派だと思います。今後の中国映画、あなどれません。というか、ハリウッドがユダヤ系の利益保護をサブリミナルに行ったのと同じで、中国が世界標準の映画を使って日本をどうにでも扱える立場になるのでわ?という恐ろしさも感じます。国際的な戦略的思考は日本人を遥かに上回った能力を持ってますからね、彼らは。この映画に出てくる日本人は軍人さんがほとんどですが、料理屋でだらしなく飲んだくれているか、検問で中国人を銃でこずいているか、そんなシーンでしか出てきません。あと天皇が小馬鹿にされたりとか。まあ微妙に屈辱的な描かれ方をしています。

日中戦争そのものが、戦略の上手、下手で勝敗が決まりました。グローバルなマスのコミュニケーションを通じてもう一度中国に戦略的にやられちまったら怖いな、と思います。去年でしたか、慰安婦問題が突如アメリカ上院で蒸し返されました。どう考えても中国ロビーの活動でしょう。今も昔も彼らはグローバルに動いているし、日本だって手をこまねいている訳にはいきません。そんな視点を持つとギョウザの件もなかなか興味深い見方ができます。わたしにとって中国人演じる映画をしっかりと見るのは初めての経験でした。アメリカ在住台湾人監督の手になるこの映画に日本をどうのという意図は無いでしょうけど、そんなことまで連想してしまう、初の中国系映画体験でした。

2009年11月14日追記

中国が「日本をネタにして国際的な映画を作り、国家戦略とからめていく」という私の危惧が、さっそく実現してしまいました。映画「南京!南京!」なる、南京大虐殺を描いた映画が公開されました。映画「南京!南京!」を見て ←こちらに映画評を書きました。

| | コメント (3)

« 2008年1月 | トップページ | 2008年4月 »