« タンウェイがやばい | トップページ | 驚いた 李香蘭と小野寺信を結ぶ線 »

2008年3月13日 (木)

小野寺信と「ストックホルムの密使」

前に、沢口靖子のNHKドラマ「エトロフ遥かなり」を見てずいぶんと感動したわたし。「ラストコーション」と違って、同じ戦争直前の情報戦の中でも、あくまで日本的情緒の中でしっとりと男女が描かれている、ある意味ほっとする、しかしスリリングな展開のすぐれたドラマだった。

その続編が「ストックホルムの密使」で、原作は「エトロフ遥かなり」と同じ佐々木譲。「エトロフ遥かなり」はかろうじてビデオ化されており、NHKが販売している。ところがこの「ストックホルムの密使」はビデオ化されず、今後もされる気配はない。

Photo_2 でもどうしても見たいなぁと、なぜなら上海でテンピンルーとも絡みながら、蒋介石との直接和平交渉に日中和平の糸口を見いだそうとがんばっていた小野寺信のドラマだということがわかったから。NHKアーカイブスにあるのでは?と埼玉県川口市のNHKに行って検索かけてみたけど、出てこなかった。正確にはアーカイブはされているのだが、公開をしてないということになる。改めて著作権交渉を行ってまで公開するだけの需要はないと見ているのだろう。その替わりにここでNHK特集の「日米開戦不可ナリ」という、小野寺信のスウェーデン時代の情報戦での活躍ぶりをドキュメンタリーにした番組を発見することができたので、後段で言及したい。

さて、あきらめずにネットで検索かけていくと、横浜にある放送ライブラリーというところが、この「ストックホルムの密使」を公開していることがわかった。で、遠路はるばる出かけて行った。見たい番組を申し込むとサーバーに保存されているものがモニターに映るしくみ。イス・机が事務用なので、長時間見るのは結構つらい。思いっきりおやじ姿勢の行儀悪い姿勢で、ヘッドホンしながら見ることになった。前後編あわせて3時間くらいはあったか。

で、感想はというと、「期待はずれ!」。「エトロフ遥かなり」が秀逸だったため期待値が上がりすぎていたのかもしれないけど、ドラマを見るよりは原作を読んだ方がたぶんいいです。

さきほど書いた、川口市のNHKで偶然見つけたNHK特集、「日米開戦不可ナリ」。これには小野寺信本人も小野寺信の奥さんもインタビューで出てくる。参考文献も出ていたのでメモして、その本の一冊を買ってみた。奥さんである小野寺百合子著作の「バルト海のほとりにて」がそれ。ちなみに、この小野寺百合子さん、なんと「ムーミン」の翻訳者だった!この方のおかげでムーミンが楽しめていたのかっ!そういえばムーミンは、北欧の伝説がもとになっているのでしたね。

「バルト海のほとりにて」では、小野寺をはじめとした情報将校が北欧でいったいどんな日常を送っているのかが赤裸々に書いてあった。想像だにしなかった世界がストックホルムを中心に展開されていた。情報戦、インテリジェンスともいいますけど、情報を得ることだけが重要なのではなく、得た情報のなにを捨てなにを採用するか?!がとても重要だということがよくわかった。

結局小野寺信は極秘かつ正確な戦略的情報を得て、それを日本に何度も何度も打電していたにも関わらず、日本では彼の情報は意図的に軽視されていたため、ずいぶんと戦争遂行、戦争終結の決断を誤ったようだ。特に日米開戦前、ドイツとソ連の戦力比較において、ドイツが意外と弱体であること、日本の敗戦まぎわのソ連参戦の情報、アメリカによる原爆投下情報である。これらの情報が採用されていたらずいぶんと日本人の不幸も少なかったのではないだろうか。

上海といい、ストックホルムといい、小野寺はがんばっていた割には報われなかった、という印象を受ける。これは彼がどちらかというと反主流派というか、セクショナリズムの激しい日本軍の組織の中でも、傍流に属していたことも関係しているのかもしれない。上海での主流は影佐率いる汪精衛政権樹立派である。彼らは陸軍参謀本部のシナ課中心だ。一方、小野寺はロシア課によって上海に派遣され、和平を試みようとしたのだが、陸軍内での力関係は圧倒的にシナ課がロシア課よりも強かったようである。

2011年8月7日追記

文春新書 「あの戦争になぜ負けたのか」の中で、半藤一利は、陸軍大学出の将校が統制派と皇道派に分かれ、二・二六事件の首謀者側であった皇道派が中央からはじきだされた。小野寺は皇道派レッテルを貼られていたために、見向きをされなくなった、と書いている。

Stockholm そして、中立国スウェーデンの首都、情報戦の中心地ストックホルム時代には、複数の情報が上がってきた場合、ストックホルム駐在情報よりもドイツ駐在情報を採用する、という力が働いていたようた。ドイツというのは右手で日本と握手しながら、左手では日本の戦争相手である中国国民党軍に武器を売り、戦術訓練、上海周辺の要塞構築を行っていた国である。小野寺は大島駐独大使ら、ヒットラーを信奉する駐在日本人は全く信用していなかった。彼らは日本政府主流派が喜ぶ情報しか上げていなかったのだ。

かみ砕いて言うと、日米開戦前に、「ドイツは強い!ドイツはイギリス上陸作戦を展開間近!」とか、日本敗戦間際には、「ソ連が日米の和平交渉を仲介しくれるようだ!・・・」などといういい加減な情報だ。いい加減は言い過ぎかもしれない。実際ドイツ軍はイギリスに海峡を隔てて臨む占領地沿岸に多数の上陸用車両を並べ、それを日本人武官に視察させていた。敵を欺く前にまず味方を欺いていたのであり、ドイツ駐在日本人情報将校はまんまとだまされた。

このような加重されたドイツ戦力情報によって「日独伊三国同盟を結べばアメリカなんか引っ込んでしまう!」という松岡外相の豪語も出た。後の海軍大臣井上成美は松岡発言を「そういうのを痴人の夢というのだ」と切って捨てている。

また、ソ連が日米和平を仲介してくれるようだ、という出所不明の情報によって、かつて「蒋介石を相手とせず!」と豪語した(実際はさせられた)近衛文磨元首相が、ソ連までお伺いして、日本とアメリカの和平を頼みに行く計画がなされていた。ソ連はその話に乗っているふりをして、対日参戦準備のために時間稼ぎをしていただけだった。ソ連軍は準備が整うや否や満州に攻め入り、近衛文磨の息子文隆を含む日本軍人数十万人のシベリア抑留者や、帰るに帰れない開拓団などの日本民間人に対する惨劇が待っていただけというのはなんともやるせない話だ。そして戦後の対日処理についてソ連に発言権を与えたくない米国は、すぐさま二発目の原爆を落とす。複数の原爆が落とされるという、小野寺の打電した通りになってしまった。

このような歴史を学ぶにつけ、日本政府は国際戦略という観点からはとってもアマチュアな国であると認識せざるを得ない。まあ、島国で平和に一人ごちているのが似合っているのかもしれない。政府がアマチュアは失礼か。結局、日本政府は、ポツダム宣言が為された後も、戦後の天皇制保持が担保されるまででは降伏しない、という選択を取った。それはそれでまことにもってプロフェショナル?な固い意志が働いた。沖縄が蹂躙されようと、原爆が落とされようと、まだまだ負けなかった。国体護持のためだ。

国体?国民体育大会のこと?いや天皇を頂点とする日本のことである。その国体が護持、護持とはまたたいそうな言葉だが、保持されることがアメリカに保証され、やっと降伏できるようになったのだ。木戸を中心とした天皇側近による聖断シナリオ。事ここに及んで「堪え難きを堪えてくれ」、とはよくできた文章といえよう。

|

« タンウェイがやばい | トップページ | 驚いた 李香蘭と小野寺信を結ぶ線 »

テンピンルー」カテゴリの記事

コメント

早速のお返事、ご回答ありがとうございます。
やはり、大筋フィクションでしたか。
まさか、零戦までもフィクションだったとは・・・

佐々木譲氏の小説は、
今度、『制服警官』『笑う警官』あたりを読もうかと
検討中。もうすでに『制服警官』は購入済です。

佐々木譲氏への今後の期待といたしまして、
ソ連侵攻後、
ソ連軍を千島で食い止めたという、
日本軍(関東軍?)の話しなんか
是非、書いていただきたいものです。

まあ、
こんなこと、こちらで書くことではございませんが、
ちょっと話しを聞いていただきたくて。

では、またごきげんよう。

投稿: sawamura | 2008年10月31日 (金) 21時39分

sawamura様

私は彼の三部作の中では「エトロフ発緊急電」だけ読んだことがあります。

「エトロフ発緊急電」については、ビデオ(エトロフ遙かなり)も購入しましたが、番組冒頭かラストのクレジットのところでフィクションという説明文が入ります。ケニー斉藤や、牧師のスレンセン、秋葉少佐、磯野軍曹などは、残念ながら空想の人物ですね。

しかし、戦時になると牧師は布教活動の名を借りて情報収集をして、本国に報告する者が昔から居たようです。スレンセンのような牧師はきっと東京にいたことでしょう。

ケニー斉藤については、佐々木譲の思い入れがいっぱいつまった人物だと思います。他の登場人物も全て無くてはならない存在でしたね。

わたしもドラマを最初に見たときは、ノンフィクションだと錯覚しました。それだけ、時代の本筋からずれていないフィクションなんだと思います。

他の2冊、「ベルリン飛行指令」ですが、読んでないのではっきりわかりませんが、こちらもおそらくフィクションですね。零戦はベルリンに行っていませんので。むしろドイツの方が飛行機の技術が相当進んでいましたので、ジェット戦闘機やロケット戦闘機の設計図も含め、日本の潜水艦がヨーロッパまで取りに行っています。この潜水艦の活躍も小説にすると面白そうです。

「ストックホルムの密使」は一部事実に基づいたフィクションですね。小野寺武官は民間の部下を使っていたようですから、森のような立場の人はいたと思います。しかし日本に情報を伝えたのは無線か郵便、そして少数の事例で潜水艦を使っていますが、誰かが陸路でロシア、シベリア、モンゴル、満州を経由というのはないと思います。

これらがフィクションとはいえ、佐々木譲が史実をしっかり調べて書いていることは確かだと思います。

3冊とも、名前をあげられた人物は、全て空想上の人物と思われますが、実在の人物からヒントを得ている人物はいるだろう、とういのが私の精一杯のところです。

投稿: bikoran | 2008年10月31日 (金) 01時12分

はじめまして、sawamuraと申します。
つい先日、
『ストックホルムの密使』を読み終え、
さて今度は、『バルト海のほとりにて』を
読もうかと思って、なにげなくそのふたつの
キーワードを検索して、こちらに辿り着きました。

私が、
佐々木譲氏のいわゆる『第二次世界大戦三部作』に
出会ったきっかけが、あなたと同じく
NHKの『エトロフ遥かなり』を観たからです。

そもそも、
読書キライな私ではありましたが、
一度映像で観たものですから、
実に読みやすかったもので、その勢いで
『ベルリン飛行司令』も読みました。

それから約13年後の先日、
『ストックホルム~』を入手でき、
2週間程度で読みました。

私は、『ベルリン~』『エトロフ~』は
全て事実なのだと勝手に思っておりましたが、
事実に基づいたフィクションであるとわかった時は、
かなりのショックで落ち込みました。

一体どこまでが、真実で
どこまでがフィクションなのか?
今はそれが知りたくて仕方がありません。

もし、
私の疑問にお答えできますれば、
どうか、助けていただきたい。

以下、
私の独りよがりな疑問を、書き連ねます。

『ベルリン飛行司令』
①本当に、零戦はベルリンに行ったのか?
②安藤大尉、乾は存在したのか?

『エロロフ発緊急電』
①ケニー斉藤は、存在したのか?
②存在したのであれば、本当に緊急電を送ったのか?
 しかもエトロフから。
③スレンセンは存在したのか?
④秋庭少佐、磯田軍曹は存在したのか?
⑤山脇書記官、そしてその妻は存在したのか?

『ストックホルムの密使』
①森四郎は存在したのか?
②日本に情報を伝えたのは、誰?森?コワルスキ?

以上、
大変不躾な質問、申し訳なく思いますが、
何卒、よろしくお願いします。

投稿: sawamura | 2008年10月30日 (木) 21時36分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« タンウェイがやばい | トップページ | 驚いた 李香蘭と小野寺信を結ぶ線 »