« 映画「上海の月」・・・ピンルーがモデルの映画 | トップページ | 上海のトップダンサー マヌエラ »

2008年8月24日 (日)

第二の李香蘭狙い? 汪洋

「上海の月」に、日本側ラジオ局のアナウンサーとして出演していた中国人若手女優、汪洋(おうよう ワンヤン)。鄭蘋如(テンピンルー)をモデルとし山田五十鈴が演じた袁露糸(エン ローシ)の同僚の役だ。

どうやら、東宝、中華電影にはこの汪洋をあわよくば第二の李香蘭にしようという意図があったような気がする。「映画旬報」(1941年)には前回の記事 に掲載した広告以外に、1ページ使って汪洋の記事タイプの広告が掲載されていた(下の写真)。

その記事広告の文章はこうだ。

Photo_9 朝の汪洋  

汪洋は日本語が分かるようになったのは最近のことである。山田五十鈴が仕事(上海の月の撮影)のことでちょっとした打ち合わせをするにも、今は通訳がいらない。相手の言葉を聞き取ることが出来るけど、汪洋自身はそれに応える日本語が言葉となって出て来ない、そういうもどかしさと、早く相手に反応を伝えようとすることで、戸惑いした表情が頬に動く。その頬が実によく動くのである。フィルムの上にも顔面の下半部が魅力的に揺れ動く、日本人にない魅力的な動き方である。朝はオレンジジュースかグレープジュースが欠かせない。6月からはプールに飛び込む時間が必ず30分は用意される。

東宝か中華電影による記事広告だと思うが、親日的で清楚な可愛らしさとや誠実さ、そして上流階級にあるかのようなエキゾチックでミステリアスな外国人。というイメージを短い文章の中に込めているような気がする。それはまさに李香蘭が打ち立てたイメージである。



また、「映画旬報」(1941年 第21号)に水町青磁の映画批評が載っていて次のような記述がある。

演技者では汪洋の登場は異彩であり、今後もしばしば起用されたいが、第二の李香蘭的に扱うことは戒心すべきである。

この批評家にとって汪洋に李香蘭的な扱いが予想されたようである。




ちなみに山田五十鈴の彼女についての手記が「映画之友」(1941年6月号)に下記のように載っている。


汪洋さんのこと


 「熱砂の誓ひ」「孫悟空」の撮影で東京へ来られたときの汪洋さんに感じられなかったものが、今度上海でお会いして、仲良く撮影している中に、発見されました。汪洋さんには小さなコケット、そんなものが、あの人の身体から感じられます。それが明るい表情、動作から印象づけられますので、まことに好ましゅうございます。

 

やはり東京でなく、郷土にいる安易さが汪洋さんを自然にしているからなのでしょう。汪洋さんは支那服の着こなしを親切に教えて下さいましたし、支那語の会話のよい先生にもなって下さいました。私の支那服姿、支那語が不自然な感じを持たせなかったら、それは汪洋さんのおかげだということをお知らせしておきましょう。

引用終わり

あるサイトによれば、汪洋が部屋でピアノを弾くシーンもあるらしい。現存するフィルムにそのシーンがあるらしいのだ。「支那の夜」での好評もあってか、「上海の月」には音楽映画的な趣もあっただろう。とても見てみたい映画の一つだ。


|

« 映画「上海の月」・・・ピンルーがモデルの映画 | トップページ | 上海のトップダンサー マヌエラ »

テンピンルー」カテゴリの記事

李香蘭」カテゴリの記事

コメント

Cosmopolitanさん。
コメントありがとうございます。「上海の月」は見てみたい映画の一つですが、当時の映画評論家からの評判は散々だったようです。「支那の夜」の二番煎じ、利益を求めすぎ、など。もっと国策映画らしくしろということらしいです。わたしは映画を語るには映画を見ていなさすぎですので、こういう古い映画をデジタルでアーカイブにして誰でも見れるようにしていただけたらと願っています。

「男装の麗人」は黒木メイサ主演で年内にテレビで放送されるようですね。しっかりと見ておきたいと思います。

汪洋はこの映画のあと表に出ていないようで、ちょっと心配ですね。たとえ終戦まで生きていたとしても、売国奴の扱いになっている可能性は高いですし、気になるところです。   

投稿: bikoran | 2008年8月25日 (月) 12時49分

貴重な資料を紹介して頂き有り難うございました。戦争中の軍の宣撫工作というものの実態がよく分かりますね。どうも松崎の「文人記」は、村松の「男装の麗人」とおなじくような役割を果たしたようです。

「熱砂の誓い」の汪洋についていえば、日本語のセリフがたどたどしくてハラハラしながら見たのを覚えています。魅力的な女優ですが、李香蘭とはキャラクターが異なる。

アヘン戦争を主題とした「狼煙は上海に揚がる」を監督した稲垣浩によると、彼は当初、主役に李香蘭を考えていたが、日華合作映画に、満映の女優を使うのはおかしいという反対意見が出たために、この話は立ち消えになったそうです。(結局は阪妻と李麗華主演で制作された)稲垣は、李香蘭を主演にした中国ものをどうしても撮りたくて、戦後に「上海の女」という映画を作ったとのことです。

投稿: Cosmopolitan | 2008年8月25日 (月) 12時04分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 映画「上海の月」・・・ピンルーがモデルの映画 | トップページ | 上海のトップダンサー マヌエラ »