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2008年12月 8日 (月)

「男装の麗人 川島芳子の生涯」を見て

番組を見ての感想だが、フィクションをフィクションとして表しながらも、少しでも事実に近づかねば、と言う姿勢は感じた。原作の小説「男装の麗人」に依拠しながら、おそらく直前まで脚本が変わったはずだ。放送にタイミングを合わせるかの如くわき起こった中国での川Photo 島芳子生存説。にわかに関心が高まったこのあたりの情報も、ドラマの中に自然に挿入していた。番組として、逃げを打った、とも取れるが。しかし読売テレビの「鄭蘋如の真実」が、タイトルに真実とうたっている割には憶測と思いこみだらけだったのと比べると、フィクションと宣言するところには誠実さを感じた。歴史ドラマは、放っておけばそれを見て真実だと思う人が多いと思う。

川島芳子については、私は思い入れが無いし、感情移入もゼロである。そしておおまかなストーリーはもう知ってしまっている。従って感動するまでに至らなかった。しかし、彼女の王家の出であるプライド、清の国に再び日を昇らせるという熱い思い、これはこの番組で初めて伝わってきた。

彼女にとって日本という国は、巨大な帝国であった清の国の隣に寄り添う島国、ということだったのかもしれない。彼女からは中華思想のDNAを感じた。彼女の深層心理には日本人を従と見るところがあったはずだ。それは幼少のときからの男言葉に現れている。しかし現実には日本とその軍人は武力的に圧倒的に強かった。それに対抗する彼女のプライドは彼女に手始めに男装を強いたのではないだろうか。そして居ても立ってもいられず満州へ渡り、彼女の小さな軍閥、安国軍を編成し、満軍兵士の安らぎの場として東興楼を建てた。このあたりは番組を見て素直にそう受け取った。

政治的な人物としてはじめて川島芳子を見ることができた。そんな彼女も日本軍側からすれば全てお見通しであったろう。謀略のプロの手に掛かれば、この若き女性は手のひらの上に乗って踊っていただけだった。

主演の黒木メイサ、がんばったと思う。しかし、あえて言うと「そつなくこなした」。破綻が無かったけど、私の心に深く入ってきてはくれなかった。そもそも女による男言葉は借り物である。心の言葉には成らない。演技している言葉である。それを黒木メイサは女優として演技でしゃべるのだから二重に演技である。だから台詞がぐさりと入り込んでこない。難しい役どころである。本当の川島芳子の男言葉を聞いてみたいものだ。どんなだったのだろうか。

Photo_3

現実の川島芳子の写真を見ると、眉尻や目尻の下がった優しそうな方だ。その優しそうな顔ではちゃめちゃをする。そのギャップに深い暗黒世界があったはずである。彼女は破綻している。モルヒネ中毒あるいは麻薬中毒でもあったようである。黒木メイサは目が強い。強そうな顔で強いことをする。そこには破綻が無かった。破綻があればいいってものではないのだが、ドラマ「李香蘭」で菊川怜演じる川島芳子の「魂の叫び、かくや」というインンパクトが強かっただけに、淡々と進行していった感じを受けた。

以下2008年12月21日追記

さて「男装の麗人 川島芳子伝」の著者である上坂冬子氏が以下のような文章を寄せている。

以下、サンケイニュース(web版)2008年12月20日 4:00    より引用

川島芳子がテレビ番組になった(6日)。川島芳子とは中国・清王朝が終わりをとげたとき、最後の親王がそれまで親交のあった長野県出身の大陸浪人といわれた川島浪速に、「玩具として」与えたといわれている娘である。

 時として男装をして男言葉を使い、時として振り袖姿となって宴会の華となり、関東軍の将軍の間を縫って華やかな行動で話題を呼んだ風変わりな彼女は、昭和初期に日本のマスコミの格好の話題となったが、戦後に日本軍に協力した漢奸(かんかん)(中国に対する裏切り者)として北京で銃殺された。

 二十数年ほど前、私もそれなりに関心をもち彼女の歴史的役割を調べるべく『男装の麗人・川島芳子伝』(文春文庫)をまとめたが、言動に一貫性がなく単なる目立ちたがり屋にすぎなかったというのが私なりの結論である。世に言う日中間のスパイだとか、清王朝の再興を目指したとか、関東軍の中枢に入り込んでいたことなども伝聞が多く、確かな裏付けはない。清王朝を再興するには資金が必要である。だが当時、資産のすべてを後に日本船舶振興会会長となった笹川良一氏が一族に分配し、芳子にも5000円があてがわれた。おそらく清王朝の再興などこの時点で打ち切られていたのではないか。

 私が前述の書を出版するや、中国の師範大学の教授から翻訳許可の依頼があった。もちろん断ったが、まもなく『男装女諜・川島芳子伝』とタイトルをつけた訳本の一冊が送られてきて辟易(へきえき)した。彼女はスパイなどできる力量のある人物とは思えないと述べた私の本が、女スパイと題して中国で出版されたのである。ただし当時の中国は国際翻訳協定に加盟していなかったので打つ手はない。さらにこの訳本をもとに中国で映画化され、中国人でありながら日本軍の手先となった女として彼女のイメージが喧伝(けんでん)されている。

 日本のテレビ番組も、芳子が日本の傀儡(かいらい)満州国の建国に協力し、清王朝の再興のために献身しつつも日本の敗戦によって漢奸として処刑されたことになっていた。番組として、何を主張したかったのか私としては理解に苦しむ。番組では川島浪速が清王朝の再興のために子供をつくりたいと芳子を暴力的に犯す場面があり、彼女はそれを機に断髪したように描かれていたが、そんな事実はない。何よりも義父の浪速と芳子の年齢差は42歳である。

 実は芳子の実兄は戦後に日本に亡命して東京の郊外に住んでいた。私は元毎日新聞社社長・田中香苗氏の紹介で彼に会い、編集者とともに丸3日間話を聞いたが、芳子は婦人科の手術をして子供の産めない体になっていたという。

 山口淑子(李香蘭)さんは日本国籍だったために漢奸の疑いが晴れて生還できたが、川島芳子も義父の浪速に日本籍を取得した姪(めい)の戸籍の名前を芳子に変えて送ってほしいと懇請している。彼女の自筆のその手紙はいまも残っているが、この事実を記したのは私の著書だけだから番組では無断引用したのだろう。

 最近は映像の分野で古い事件や人物を再現する傾向があるが、制作者が若いせいか意図や事実確認が実に曖昧(あいまい)である。たとえ娯楽番組であろうと、これが許されていいはずがない。(かみさか ふゆこ)

以上引用終わり

(赤字は当ブログ管理人による)

上坂氏は、川島浪速による強姦をきっかけに男装に走った、という説を、「そんな事実はない」と切って捨てている。ソースが明らかにされていないのが残念だが、川島芳子の実兄からもヒアリングしたことのある上坂氏の説には強さがある。

川島芳子は獄中から、自分が日本国籍を持つことを証明できるように偽装した戸籍謄本を送るよう養父川島浪速に何度も手紙を出していた。だが、処刑当日のその場になって、「長年お世話になった養父の川島浪速に手紙を出したい」と、その場で立ったまま手紙を書いた。これはやはり重い。強姦による男装説はやはり俗説だったのだろう。今回の番組が、ストーリーにこの俗説を入れてきたのは、この部分に関しては小説を踏襲したかったということだろう。

また、清朝の復興を目指したという部分も上坂氏は疑問を呈している。なによりも、スパイになるだけの力量が無かったとしている。川島芳子からスパイという修飾語を取り去ったら、一般的な彼女にまつわるパーソナリティのほとんどがそげ落ちるようにも思うのだが、上坂氏はそう見立てている。

それにしても、今回の番組を見た一般の視聴者にとっては、この番組の川島芳子が真実の川島芳子となって脳裏に固定されるのだろう。エンディングロールでフィクションだと宣言してもやはり、これがあたかも事実としてまかり通るのだろう。テレビや新聞などのマス媒体とは怖いものだ。ただ、ここをきっかけとして、詳しく調べていく人が少しでも居れば、素晴らしいことなのかも知れない。

(この日の書き込みは、2008年12月22日加筆修正いたしました。ブログ管理人)

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コメント

長春耕一様

コメントありがとうございます。その番組は私は見逃していますが、「世界痛快伝説 運命のだだだだーん」という2003年1月放送の番組みたいですね。川島芳子が死刑を逃れていたという説は、死刑があったとされた頃からずっと今に至るまであるようです。漢奸裁判を少し調べると、被告側と裁判関係者の間で金の延べ棒が飛び交っていたようですから、山口淑子さんも言っているように、ありえない話ではないのでしょう。

秘話が秘話のまま消え去るのか、歴史として後世にしっかりと伝えれるのか、さきの戦争に関しては、実体験した方々の年齢的にもぎりぎりの所に来ていますね。もし長春耕一様が川島芳子の娘といわれる方にお会いできたら、ぜひ教えてください。


投稿: bikoran | 2008年12月21日 (日) 18時28分

漁光曲を聴きながら、検索したらここに出逢いました。上戸彩さんがどんな人かもしらず、このブログに書いてある李香蘭や川島芳子に興味があったので、少し読まさせていただきました。
 今、長春に住んでいます。昔『運命のだだだだだだ』題名は正確ではないですが、それを見て、長春に川島芳子の娘がいるとの噂があるとのことを知りました。あと数ヶ月の長春生活ですが、鹿児島出身の父親を持つ1948年生まれのその女性に会いたいと願いつつ零下20度の長春の冬をすごしています。おもしろい記事をありがとうございました。ついでに申し上げると『鳳陽花鼓』はテレサテンが歌っていますね。

投稿: 長春耕一 | 2008年12月21日 (日) 11時47分

Cosmopolitanさん、いつもありがとうございます。

フィクションの対の言葉であるノンフィクションの意味を考えてしまいました。ノンフィクションと言った段階で、ノンという修飾語のついた「フィクション」である、そういうことですかね。歴史を100%再現することは不可能なので、過去を見る我々は全てフィクションを見ている、ともいえますね。そう考えると程度問題であって、Cosmopolitanさんの言う、「嘘」すなわち立体的な奥行きの味付けの仕方によって歴史はその語り手の数だけあるということですね。


今回のドラマはストーリーや演技がどうの、よりも、歴史への見立ての部分に興味が行ってしまいました。いい悪いは別として、微妙に複眼思考の演出があって、制作者側がいろいろ考えた跡がかいま見えました。

フィクションと割り切るなら思い切ったストーリー展開、原作を大きく逸脱する冒険もしてよかったかも。金の延べ棒が飛び交う漢奸裁判、旧満州の隠れ家へ逃れ得た芳子、のような。


ただ、そうすると、このところ話題となった、川島芳子生存説のニュースは、実は国をまたいだ番組宣伝だった、という謀略説が出たりして(苦笑)

投稿: bikoran | 2008年12月 8日 (月) 13時27分

 歴史を捉えるのに一次資料にあたることの大切さ、これは全くおっしゃるとおりですね。

川島芳子というのは生存しているときから神話的な尾鰭のつきやすい女性だった。テレビドラマの場合は、はっきり映像で出てくるので、そういう史実とは言い難いフィクションに、浅薄なリアリティが生まれてしまう。

これはフィクションがけしからんというのではなく、そういう「虚」の部分をいかに挿入して、物語に立体的な奥行きを出すかという問題です。史実の点と線を、平板な常識でつないで、物語のつじつまを合わせるだけだと物足りない。

戦前の日本の大衆は、満州族の王女が日本に協力して清朝復辟のために男装して奔走したという「イメージ」を大歓迎した。だから、東洋の「ジャンヌ・ダルク」という神話も生まれた。しかし、満州国が出来てしまえば、「清朝復辟の神話」は必要なくなる。

川島芳子という個人の悲劇の根を、そういう文脈で捉えるならば、宝塚歌劇好みの「男装の麗人」もまた別様に見えてくるでしょう。

投稿: Cosmopolitan | 2008年12月 8日 (月) 10時28分

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