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2009年4月13日 (月)

川島芳子は生きていた?テレビ放送される

たまたまテレビを付けたら、李香蘭役の女優が出ており、また川島芳子の孫と自称する中国人女性も出ていた。この番組は前もって知らなかったのでもう終わりに近いところから見ることとなった。

この張さんは、日本語の「蘇州夜曲」を、李香蘭バージョンの歌い回しで歌っていた。耳で覚えた歌、という感じだった。そしてこの女性が東京に住む李香蘭(山口淑子氏)の自宅を訪ねた。日本にわざわざ古い蓄音機を持ってきていた。彼女が言うには、川島芳子は「方おばあちゃん」という名で通っていたようである。方おばあちゃんから渡されたという形見のレコード「蘇州の夜」も携えていた。この曲は1941年(昭和16年)11月に、映画「蘇州の夜」のサントラとしてコロンビアから出たレコードだ。Clumbiaの独特な赤いレーベルがしっかりと見えたので本物のレコードだろう。

川島芳子は、これを李香蘭に渡せば、全てがわかる、と言い残していたらしい。しかし、張さんがバネの弱くなった蓄音機のゼンマイを巻きながらまわすレコードを聴く李香蘭からは、特に目新しい発言はなかった。

川島芳子の生存説は1948年の処刑直後からある。つまり、もう60年もの間、生存していた、いや処刑されたと議論を呼んでいる。昨年から今年にかけてはひとつの大きな波が来ている。李香蘭は、川島芳子について、既に語れることは全て語っているのだろう。特に著書「李香蘭を生きて」ではかなり詳しく書いている。もはや李香蘭からは新たな事実は出て来ないと思う。もし語り尽くしていない事実を李香蘭が胸の内にしまっていたとしたら、今後とも公にはしないはずだ。

ひとつ、李香蘭の発言で私にとっては興味をひいた発言があった。川島芳子が李香蘭に、「オレを見ろ」だか「オレみたいにはなるなよ」だか、そのように言っていたようなのだ。これまで川島芳子の出てくるドラマでは、一人称がすべて「僕」だった。私はこれが実は結構引っかかっていた。男装をして男っぽく振る舞う川島芳子。たしかに格好はりりしい男装であるが、会話での一人称が「僕」となると、とたんにその男装がお遊びに聞こえてしまう弱さがあった。しかし、今回の李香蘭の発言からは、川島芳子は、自分のことを「オレ」とも言っていたようである。

さて、川島芳子は生きていたか?今回の番組を見てみても、結局なぞが残ったままだった。

私はやはり、益井康一が「漢奸裁判史」で書いた次の一節が全てを物語っているのかなと思う。すこし引用する。

執行官はひざまづくように命じ、やがて一発の銃弾が彼女の後頭部を貫いた。波乱に富んだ34年間の生涯を閉じた。係官の話によると、「彼女は貴婦人のように、眉一つ動かさず、誇り高く死んだ」と伝えられた。

北京の市民は、「3才の時、日本人の養女となり、日本人として育った以上、真の日本人なら誰でもするであろうことをしたまでだ」と言って、彼女に心から同情した。

彼女を惜しむ心理が後日、ちまたに、「刑死したのは替え玉で、本当の川島芳子は密かに脱走して生きている」という噂をふりまいた。

川島芳子の漢奸裁判史についての過去記事はここをクリック

※この番組に関しては、ビデオで番組を全て見てから再度投稿する予定です。

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コメント

countryさん

コメントありがとうございます。この番組は事前に知らなかったもので、ほとんどを見逃してしまいました。もしお手数でなければ、ビデオをお貸し頂けたらうれしいです。メール頂けたらそちらにお返事させて頂きます。アドレスは当ブログ左側の「メールを送信」にございます。よろしくお願いします。

投稿: bikoran | 2009年4月14日 (火) 13時17分

時々お邪魔させて頂いている者です。
番組、全てをご覧になれなかったのですか。それは残念なことでした。私にとってはこの番組はとても興味深く、生きていたんだなと確信させられる内容でした。最後の「レコードを渡せば全てが分かる」との遺言に対する解釈も私には納得できるものでした。今年に入ってすぐの頃、新聞の小さな記事でこの事を知ってから、いつかテレビ番組で取り上げないかなと思っていたのですが、これほど早く実現するとは思ってもいませんでした。VHSに録ってありますのでお貸しすることも出来ますが・・・

投稿: country | 2009年4月14日 (火) 11時01分

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