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2009年6月10日 (水)

夜来香3年目

210523 上戸彩「李香蘭」とは切っても切れない縁のある花、夜来香(イエライシャン)。正確に言うと、月下香とも言うチューベローズがドラマで使われました。2007年1月のプレス発表の席でも、李香蘭こと山口淑子氏が上戸彩さんにチューベローズの花束を渡しています。歌の「夜来香」では歌詞の中に、「白い花」と出てきます。学術名の夜来香をたどると黄色い花になってしまうので、以下、夜来香=白い花のチューベローズ、ということにします。(上の写真は今年5月5日に植えた夜来香の芽です。5月23日撮影)



初めて夜来香を植えたのは2年前。植えるのが遅かったのですが、なんとか花が咲くまでいって、素晴らしい香りをかぐことができました。夜来香の過去の記事はこちら

で、その後は、ずぼらな私はかわいそうなことに、咲き終えた夜来香を放置してしまいました。本当は、堀上げ、といって球根を掘り出して保管しておくらしいのですが、10月に咲いた後、そのまま枯れるにまかせて、ベランダに置きっぱなし。土も乾ききってしまいました。

ところが、生物ってすごい生命力ですね。翌年の梅雨時のある日、集中豪雨があって、横殴りの雨でベランダの奥の方まで雨水が届き、鉢にも水が来たのです。その一週間後くらいに、緑色をした小さな芽がいくつか乾いた土から出てきたのです。

驚いて、そらからは水やりをしっかりして、太陽にもよく当てるようにしました。すると数多くの芽がどんどん出てきました。鉢の大きさと、土の栄養からいって、5本くらいの芽を残してあとは芽かきをしないといけないので、大きいのだけ残して、次から次に出てくる芽を毎日毎日取り除きはじめました。栄養を集中させないと花を咲かせるエネルギーが足りなくなるからです。

ところが、生物の生命力に負けました。止めどなく出てくる芽に、芽かきがとても追いつかず、もう自然に任せることにしました。というか、一つ一つの芽が、「私を刈り取らずに育ててください!」と言っているようで、だんだんと芽かきができなくなったのです。もういいや、全部育ってしまえ、と思って水と肥料を与え続け、太陽にいっぱいあてて、秋になりました。夜来香の花の咲く季節です。

結果は、予想通りでした。芽かきしなかった芽はそれぞれ勝手に育ち、乱雑に葉を出しまくりました。栄養を与えたつもりでしたが、足りませんでした。葉を出しただけで、9月になり10月になり、11月になっても茎が出て来なかったのです。一本も。

12月になりました。寒風が葉っぱだけの夜来香を冷たくさせていきました。2年目の夜来香は花を咲かせることもなく、茎すらも出さず、枯れてゆきました。


でも、私には希望が残っていました。この年に得た栄養は絶対来年に活かされるはずだと。Photo 今年の5月になって、おそるおそる、鉢の土を出して、球根を取り出してみました。驚きました。すごい数の球根です。元々の一つの球根に10個くらいの子供の球根がくっついていました。すごいプレゼントです。(上の写真)

その中から大きい順に5個を自分用に確保。もう5個を実家の両親にプレゼントしました。そして去年よりも一回り大きい鉢を買って土も新しく買っていっぱい入れ、5月5日こどもの日に植え付けました。

210531 2年前に通販で買ったときの最初の球根より一回りから二回り大きな球根です。きっと今年はりっぱな花が咲くと期待しています。写真は芽が出て1週間目くらいの夜来香。かなり元気です。

※ご報告

結果的に、この3年目のチューベローズは開花しませんでした。このまま葉ばかり出して茎は気配すら出ませんでした。秋になり枯れていきました。この鉢に入れた球根は大きい方から五つをピックアップしたのですが、それでも小さすぎて話になりませんでした。

つまり、2年目のチューベローズを芽欠きせず、間引きもせずに放置したため、乱雑に球根の数が増えすぎたのです。上の写真にあるとおりです。この状態では栄養が分散しています。

実際は、すぐ上の写真にある3年目のチューベローズ5本を、葉だけではあったものの育てあげ、次の4年目の球根が取れましたが、それは一株に一個だけの大きな球根でした。

その巨大な球根を4年目としてやはり五つ鉢に植えたところ、全ての株がとてもエネルギッシュに育ち、白い可憐な花をつけ、香りを楽しむことができました。

芽欠き、間引きはとても重要です!






























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