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2009年11月の1件の記事

2009年11月 3日 (火)

映画「南京!南京!」を見て

Photo_2 中国で話題の映画「南京!南京!」のDVDを入手したので、見てみた。YAHOOショッピングから某通販社のサイトに入り買ったのだが、届いたのは残念ながら中国製の海賊版DVDのようだった。もともと中国と日本はリージョンコードが違うのでパソコンでしか見れないのだが、途中でデータが壊れているところがあり、とびとびになってしまったが(電器店などで表面研磨できる商品を購入し、単純に磨けばいいようだ)、なんとか全て見ることはできた。中国語もしくは英語字幕である。YouTubeでもNanking Nankingで検索すれば見られる。日本でも近いうちに映画館で配給されるらしい。

この映画を見た少なからぬ中国人がこの映画を批判しているようである。大声で叫び声を上げ映画館を出て行く人や、日本人俳優の舞台挨拶に罵声を投げかける人も出たようだ。中国人の愛国心に応える内容でもなく、中国人の溜飲を下げる内容でもなく、日本への憎悪をかき立たててしまう内容である、ということは一面の真実なのだろう。

私の見たところ、確かに中国人としてはなかなか見るに堪えない映画だと思われた。自国の首都のど真ん中で、数千人が縄で繋がれ、銃弾でなぎ倒され、閉じこめられて焼かれ、女性は流辱される。心ある人間だったら日本への憎悪を感じるのが普通だ。さらには、一人の日本人兵士の心象風景を細かく描き込み、その葛藤に人間として同情を誘うシナリオとなり、最後にはその日本兵から放免され喜ぶ中国人が描写される。

この映画によって、結果として中国人の反日感情がさらに煽られたことは確実であろう。中国人も日本人も、双方が不愉快になる映画である。しかし映画を見て不愉快になることと、映画の価値があるかどうかは別であり、この映画は見て損はないと思う。中国ではかなりの興行成績となったようだ。聞くところによると中国政府のプッシュもあったようだ。中国政府としては、教育、統治にプラスになると判断したのだろう。

興味をもった点のうち、いくつか上げてみる。(注意:この映画を見ようと思っている人にとってはネタばれになります)

1.数千名が日本軍の捕虜となり、もう銃殺を待つだけ、と言うときに、大声で、

China should not be punished!(中国が罰せられる理由はない!)

と捕虜が声を合わせる。

ふつうの抗日映画であればおそらく、「日本を叩きのめせ」、などとなろう。それが、受動的に「罰せられる理由はない」・・・となっている。そこに日本に対する敵意が見えない。「我々は無実です、殺さないでください」、くらいのニュアンスだ。これは愛国中国人にはがまんできない表現ではないだろうか。

2.日本軍の圧迫に堪えられず南京の城門から外へ逃げようとする中国兵達を、城門を閉じて押しとどめる別の中国兵部隊。中国対中国。一致団結していない中国。これは真っ先に南京から脱出した、指揮官、蒋介石を含む国民党幹部に対する批判であろうか。

3.戦闘シーンに関しては、日本軍と中国軍が市街戦を互角に戦う。戦後作られた日本がらみの戦争映画は対アメリカ軍の太平洋戦争ものや、被害者としての空襲ものだ。そこが市街戦を中心としたヨーロッパ戦線が舞台の戦争映画との違いだった。日本軍がからむ市街戦映画は私は初めて見た。

Photo日本軍への協力者となっていく中国人秘書

4.南京に赴任しているあるドイツ人の秘書を務める中国人が、占領日本軍人に対し、にこにこしながら「ナチ」、「ともたち」などと片言の日本語で媚びを売る(上の写真)。漢奸と呼ばれた親日中国人のはしりである。彼の言葉の力の無さに、本心が揺れているのが見て取れる。日本語を仲間に教え始める彼。占領日本軍がいい人達であってほしいという彼の願いは、しかしたやすく消えていく。彼の罪の意識は、彼の処刑直前に妻の妊娠を日本軍人に伝えるところに現れていた。将来の復讐は子の代に任せた、という日本人にとって恐ろしいメッセージに思えた。


さて、日本人主人公の葛藤が伝えるメッセージは、「戦争は人間を狂わせる」というものだ。制作者はそれをこの映画の「反戦」という主題に結びつけたかったのだろう。南京攻防戦という局地戦での勝者、すなわち日本人と、敗者すなわち中国人を、ラストシーンで別の形で対比させている。戦闘での勝者が最終的な勝者とは限らない、という戦争の不条理を訴えようとしている。

しかし、この映画では、魂をえぐるような突っ込み度合いは、内容の残虐さに比べてかなり弱い。モノクロ映像の美しさとカメラワークの秀逸さもあってか、日本人主人公の心象風景もさらさらと綺麗に流れていく。彼の心がそれほど汚されずに済んだように感じてしまうため、葛藤が弱く感じてしまうのだ。

五味川純平の「戦争と人間」が見せた、刺突訓練で生身の中国人の身体を突けず、身体の脇を突いてしまい、最後には上官からの命令によって心を鬼にして身体を突くシーン、このワンシーンの方が私にはインパクトがあった。私がこの日本兵だったら突けたのか?、突いてしまうか?!恐ろしい。

ちなみに、この映画の「実質的」主人公はこの日本人兵士、角川(中泉英雄)と見て取れる。中国映画の「実質的」主人公が日本人役でありそれを日本人が演じる、というのは映画史上初めてでないだろうか。

Photo

感情移入しにくいこの映画の中で、私が最も感動したのは、ある中国人娼婦の女性が、日本軍慰安婦の募集に対して、躊躇しながらもまっさきに手を挙げる場面である。「自発的」な慰安婦制度に対する応募を、人数に達するまで「強要」されてのことだ。彼女の自己犠牲的行動によって、少なくとも一人の女性が慰安婦にならずに済み、また慰安婦制度を成り立たせることで、残されたコミュニティの女性達は強姦の恐怖から解放されるわけだ。

さて、YouTubeのコメントをみるとさっそく反日感情が刺激された発言がある。「日本が二発の原爆を落とされたのは、当然の報いだ」、「三発目の原爆を落とすべきだ」と・・・。この映画の主題が反戦、というのであるのならこのような偏狭的感情を生み出すような手法を採るべきなのだろうか。私は別の手法があっていいと思う。たとえば「火垂の墓」が反米でなくすぐれた反戦映画となったように。監督は「この映画は反日ではなく、反戦映画だ」と言っているが、見る者がどう感じるかは別である。結果的には反日中国人を増やし、現代に生きる日本人がとばっちりを受け、それが嫌中につながり、という循環にならなければよいが。

※「火垂の墓」を英語タイトルの「GRAVE OF A FIREFLIES」でYouTubeEで検索するとすぐれたコメントにたくさん出会える。この映画がどれだけ世界中に反戦を訴えることに成功しているかがわかる。

中国人がこの映画を見てどう思うか。反日感情を喚起される以外に、理性的には国防と国民の団結の重要性を学ぶことだろう。「弱かったからこうなったのだ」と・・・。現代中国の突出した軍備増強の深層心理には、このような歴史的経緯が多分に影響しているはずである。この映画を中国政府がプッシュしているのは、なぜか?「中国の軍備増強に正当な理由を与える」、「不安定化しつつある国民の求心力を外国敵視によって強める」、そんなところだろう。さらには、中国人自身が不快感を持つ映画を中国政府がプッシュするということは、実はメインとするターゲットは海外なのではないかとも推測される。つまりは、海外向け中国政府広報ということだ。あいかわらずの、被害の歴史を使った日本に対する外交カードとも読める。(2010年1月10日追記:この外交カード説は、陸川監督がこの映画のカルフォルニアのパームスプリングス映画祭への出品を、チベット独立映画が出品されることに抗議して、取りやめにしたことで、その推測が強くなった。この監督は思っていたよりも政治的映画を指向していた可能性がある)

日本公開後、日本人はこの映画を見てどう思うだろうか。野蛮なことが起きたことを信じたくない層からは、「南京大虐殺は無かった」の決まり文句が出てくることは容易に想像できる。それはこの映画を見た中国人が「日本に3発目の原爆を落とせ」と言うレベルと同じくらい幼稚なレベルであろう。実際南京でやった日本人元兵士がやったと証言しているのだから。このタイミングで日本人監督によるドキュメンタリー映画「南京ー引き裂かれた記憶」 が出てきているので、真実により近づくこともできるだろう。

同時に、あくまでこの映画は事実に基づいた「フィクション」である。フィクションであるにもかかわらず、そのフィクション性は極力隠されている。虐殺の人数を30万人と大きく表示するなど、なんら検証のされていない中国政府の主張する数字を、ポンと単純に前面に出してきている。私はこの映画監督をアーティストとしては捉えきれない。日本側の研究では一桁少ない数万人から20万人、という推測がなされている。この映画は南京事件の数字について、両論併記できなかった。中国政府の検閲に左右されているとしか言いようがない。そいういう限界のある映画であることも確かだ。


南京事件について私は専門的に研究していないが、こう推測している。

銃を捨てた中国側敗残兵が、自らの安全のために市民の服を奪って着替えた。結果的に便衣兵となってしまったため、十把一絡げに兵も一部の市民も日本軍の捕虜、とらわれの身となってしまった。どちらとも付かないこれら捕虜のための食料や宿舎などを用意できない日本軍は、その扱いに窮するとともに、捕虜の反乱の阻止、治安維持のため、数千人から数万人の中国人が日本軍によって殺害され揚子江に捨てられた。

あくまで想像だ。ちなみに、国際法上は、便衣兵に対しては即決処分が認められているようだが、捕虜はその限りではない。しかし、日本軍には、敗残兵、脱走兵、便衣兵、市民の見分けが付けられなかった。いや誰にもつかないだろう。


(ここでアメリカ軍による原爆や空襲による日本の一般市民殺害の件を持ち出したくもなるが、話が終わらなくなるので止めておく。文京区にあった私の母の実家は焼夷弾で跡形もなく焼かれた)


我々現代の日本人が対中国でかかえる闇、それは過去の日本人の過ちに対し、どのような信念を打ち立て、どのように振る舞うかである。いま中国人に過去を謝罪しろと言われたときに、私はどう返したらよいのか、いまだ信念を打ち立てあぐねている。日本は国家としてはすでに謝罪をした。個人としてはどうなのか。自分のやっていないことに対して謝るのか。日本人としてはその必要があるのか?いつまでなのか?歴史をどこまでさかのぼって謝る必要があるのか?二度と繰り返すまいという思いなら世界で唯一の非戦憲法を維持していることがその表れではないのか・・・・・云々。

最後に、娼婦役を引き受けた江一燕(チャンイーイェン)という女優(冒頭、中程、そして下の写真)の言葉を紹介したい。中国サイト「人民網」の「南京!南京!」特集ページ よりPhoto

以下引用

 江一燕(チャンイーイェン)は撮影を振り返り、「日本人の役者との演技中は、ずっと複雑な気持ちを感じていました」と語る。役に入り込むあまり、撮影以外のときでも日本人俳優と話をすることはなかったという。

しかし最近、杭州で舞台挨拶をしたとき、客席から日本人俳優に罵声が飛び、角川役(注:日本人主人公)を演じた中泉英雄さんが舞台の裏で号泣するという出来事があった。

「私は彼の涙を拭くためにティッシュを渡し、励ましました。彼はあまり流暢ではない中国語で、『ずっと平和が続いて欲しいと思います・・・』と言いました。それを聞いて私も一緒に涙しました。あれが、撮影開始から今まで、彼との1度きりの会話です。」

 江一燕(チャンイーイェン)はまた、「日本の若者に72年前の罪を背負わせるのは不公平です。両国の人々、さらには世界にとって交流や反省のきっかけとなり、平和への期待につながれば・・・。それこそがこの映画の願いなのです」と語った。

引用終わり

中泉氏の号泣の原因はこちらの記事 に書いてあった。うれし泣きに近い感動の涙だったことがわかる。

以下引用

ある観客が日本人俳優の中泉英雄さんに、この映画に出演した気持ちをたずねた時だった。会場からは「打倒帝国主義」や日本語で「バカ」と罵る声が上がった。

 中泉さんは少し気まずそうな表情を浮かべて黙りこみ、会場の雰囲気が重くなった瞬間、「日本人の俳優に対してこんなふうなのはよくない」「彼らは尊敬すべき人だ」「彼らは勇敢です」と観客が叫び、熱烈な拍手が送られた。そして拍手が鳴り響く中で、「ありがとう日本の友人」と日本語で叫ぶ若い観客までいた。

 拍手の音は止まらなかった。『南京!南京!』の出演者たちは感動し、中泉さんも通訳の人から中国の観客が言った言葉を聞いて涙を流した。

 休憩室に戻った中泉さんが突然激しく泣き出したため、映画館の責任者が嫌な思いをさせたと謝ると、「違います。私は中国や中国の人たちがすばらしいと思ったのです。侵略も戦争もしてはいけない。永遠にしてはいけないのです」と中泉さんは言った。

引用終わり

江一燕(チャンイーイェン)さんをはじめ、多くの中国人が反日感情は別として、幾ばくかの度量と優しさを見せた。来春、日本で公開されたら多くの映画評がネット上にアップされるだろう。どんな結果が出るとしてもそれがとても楽しみである。

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