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2010年1月 3日 (日)

徐小姐(シュ シャオチェ)のロケット 1

以前、松崎啓次の「上海人文記」の「戴志華(タイ シーホワ)の銃殺」という章を抜粋引用しあらすじとして5回に分けて掲載した。「上海人文記」が映画「上海の月」の原作であり、鄭蘋如(テンピンルー)の事が書いてあると知ったからだ。この章での戴志華はあきらかにテンピンルーである。

昨年末、この「上海人文記」の残りの章をいくつか読んでみようと思った。テンピンルーについていろいろと調べているが、引っかかるところがずっと残ってしまい、打開できていないため、なにかヒントがあれば、と思ったのだ。特に、テンピンルーと親しかった台湾出身の映画人、劉燦波(りゅうさんぱ。ペンネームは劉吶鴎(りゅうとつおう、リュウノウオウ) )に関して、「劉燦波撃たる」という章がある。劉吶鴎はピンルーと親しかったのでこの章になにかヒントがあるかもしれないと思った。

同時に「徐小姐(シュシャオチェ)のロケット」という章も、戴志華とは別人の女性ではあろうが、なにかヒントが得られるかもしれないと思って読んでみた。すると、映画「上海の月」は「戴志華の銃殺」という章よりもむしろ、この「徐小姐のロケット」という章が原作だったのだ。

この「徐小姐のロケット」の章には、二人の中国人女性が出てくる。徐ともうひとり、呉という女性だ。この呉は、蘭衣社のスパイだと明白に書いてある。その友人が徐なのだ。スパイの友人はまたスパイではないのか?松崎の疑いは晴れない。徐はスパイなのか。著者が最後までわからないのだから、読者はなおさら分からない。そして徐小姐が首からさげてるロケットの中身は?

松崎は、上海での生活の一つ一つを後の映画の素材となればと記録した。そしてそれを当時の芸術人が避けて通れない「検閲」、をくぐり抜けるために部分的に手直しをして出版していると思う。松崎の上海での日常を書き留めたメモ、「上海人文記」は、事実からの変更や脚色が入っていることは否定できないだろう。

一方で、のちに「上海狂想曲」を書いた高崎隆治が、「上海人文記」の巻末にこんな解説を寄せている。娯楽読み物でも小説でもないこれらはすべて実際の出来事であり、この本が当局によって一行も削除されなかったのは不思議な気がする。おそらくスパイはどこにでもいるから注意せよという宣伝との関係で検閲を通ったのだろう。あるいは現地の特務機関が背後で工作をしたのかもしれない」

「上海人文記」は、全て本当でないにせよ、全てが嘘でもない。いやほとんど全てが真実なのかもしれない。この「徐小姐のロケット」の章を引用し、私なりの分析をしてみたいと思う。

2010年1月7日追記:最初にこの「徐小姐のロケット」を読んだとき、私は徐小姐はテンピンルーであると感じました。ラジオ局の中国人女性アナウンサーで、かつ抗日スパイを疑われるという女性がそんなに大勢いるとは思えなかったので。そして松崎は、ピンルーの中にある二面性を、戴と、徐という二人の女性を登場させることで表したのかなと思いました。それが映画「上海の月」でも二人を登場させることに繋がっていったのだと・・・。


しかし、その後何度も何度もこの章を読むうちに、徐小姐はあくまで徐小姐であって、ピンルーではない、という結論に達しました。松崎は「上海人文記」を思ったよりも脚色していない、名前を仮名にした部分以外、ほとんどは事実を書いている、そう思うに至りました。書くと大変な迷惑をかける部分はあえて書いていない、というのはあると思います。しかしそれは登場人物への気遣いというものでしょう。当初、徐イコール鄭蘋如としてこの記事を書き進めていましたが、徐は徐として修正いたしました。

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