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2010年1月18日 (月)

映画「上海の月」の主題歌

映画「上海の月」には主題歌もあった。一つは主演女優である山田五十鈴の歌う「牡丹の曲」。

歌詞の中に、

「星の光に ロケット開けりゃ 君の横顔なつかしいとし」

とあるので、「上海人文記」の 「徐小姐(シュ・シャオチェ)のロケット」 ←クリック  を意識した歌詞であることは明らかだ。歌の方は、ロケットの中に写真が、原作ではが入っていたという違いはある。ちなみにネット上では、「ロケット」ではなくて、「ポケット」と誤記されているのが多い。やはり原作や映画が一般的に知られていないからだろうが、ちょっとさみしい部分ではある。 この歌は台湾でも1955年ごろに流行ったようだ。

作曲:服部良一、作詞:西条八十という「蘇州夜曲」コンビで、歌が山田五十鈴である。

赤い牡丹の
花びら染めた
踊り衣裳が涙で濡れる
泣いちゃいけない支那人形
春は優しくまた還る

星の光に
ロケット開けりゃ
君が横顔なつかしいとし
乙女心を だれが知る  
春は優しく  また還る

呼べば答える
こころと心
海をへだてた二つの国に
笑顔花咲く 愛の空  
春は優しく また還る

※おそらくレコードに収まりきらなかったためと思われますが、草稿段階では下記の歌詞もあったようです。

花の馬車(マーチョ)で
あなたの歌に
つんだ租界の紫すみれ
なんであのまま色褪せよ
春は優しく また還る

youtubeはこちらをクリック→「牡丹の曲」へ

もう一曲は「明日の運命(あすのさだめ)」と言って、やはり、服部良一、西条八十のコンビに、歌は霧島登、渡辺はま子のデュエットである。

youtubeはこちらをクリック→「明日の運命」へ

夕焼け雲の かげ映す
流れの岸に 語らえど
結ぶすべなき 二つの心
ああ、秋の上海 うずら鳴く

乙女の胸の 紅染めて
せつなき色の 夕雲に
君が心を やさしく問えば
ああ、雲は答えず 落ち葉降る

かたきと知れど ふるさとの
妹に似たる うしろかげ
明日のさだめも 唐撫子(からなでしこ)の
ああ、君は歌うよ 愛の歌

行き来の雲の たまたまに
逢うては落とす 小夜時雨(さよしぐれ)
晴れて大陸 ほのぼの登る
ああ、朝の日の出ぞ たのもしき

yanagi様からコメントで貴重なご指摘を頂いた。この「明日の運命」は、シンガポール、香港などの中華圏では、「希望在明天」として今でも歌われていることがわかったので下記、追記する。

ちなみに、中国語歌詞の作詞者は、陳蝶衣(ちんちょうい チャン・ディエイー)という方で、1908年江蘇省武進生まれ、2007年10月15日に香港で99才で亡くなった方。中国語歌謡の世界では「詞聖」とも呼ばれたヒットメイカーらしい。上海の租界で新聞雑誌の発行編集にかかわった後、1941年から作詞を始めた。

また、作曲者名は、夏端齡となっている。これが誰だかさっぱりわからなかった。どうやらハットリという音を広東語の音で当て、服部良一自身が1960年代に電懋公司の招きで香港で活動した時に付けたようだ。カタカナだとハートゥンリーのような発音となろうか。この香港での活動時に、服部は香港EMI所属の中国人歌手達に「胸の振り子」「チャイナタンゴ」など20曲ほどを提供、今回の席静婷の「希望在明天」もそのうちの一曲らしい。

最初、中国語バージョンの曲は音符の数が増やされている、また微妙に位置を変化させているように感じたが、楽譜をネットで購入して見てみたらほぼそのまま再現されていた。日本語の方ではこぶしを回しているところを、中国語バージョンはそこにきっちり言葉の音を入れ、かつテンポがかなりゆったりした速度になっている。この中国語バージョンもいい雰囲気が出ていると思う。ダンサブルなジャズテイストになっていて、youtubeで見ると多くの歌手がリズムに合わせて踊りながら歌っている。youtubeではシンガポールのものが多く、華僑圏でも特に新がポールでこの歌が歌いつがれているようだ。

こちらのyoutubeは静婷(ジンティ)の「希望在明天」。この女性が中国語バージョンを最初に歌ったようだが、このyoutubeはかなり後になってのもののようだ。もともとは1960年代のポップスとしてとらえられている。

希望在明天(シーワン ツァイ ミンティエン) 

作詞 陳蝶衣  作曲 夏端齡(=服部良一)

你可知道        希望在明天

ニーカーチーダォ  シーワンツァイミンティエン

明天      並非路萬千

ミンティエン  ビンフェィルーワンチェン

只要過了今夜
ジィヤォカーラジンイェ

它就到眼前
タージュダォイェンチェン

和你會重相見
フォニーフェイーチョンシァンジェン

你還是展開笑臉
ニーファーンシジャンカイシャオリェン

等候明天見
ドンホミンティェンジェン

你的面
ニーディミェン

再告訴你      一個好消息

ツァイガォスニー イグハオシャオシー

你的希望在明天
ニーディシーワンツァイミンティェン

こちらはパワフルで大人っぽい「希望在明天」。

(日本語訳)

あなたは明日に望みがあることを知っています

明日への道は決して遠くはありません

越えるのは今夜、ただそれだけ

それは目の前


あなたと次に出会うとき

きっと笑顔を見せてくれますね

明日また会えることを祈って

もう一度、いいこと教えます

あなたの望みは明日にあります

こちらは、かわいらしくハッピーな感じの「希望在明天」

1941年の日本の映画主題歌が、巡り巡って、日本ではなく、現代の中華圏で歌い継がれていたわけだ。映画「上海の月」の主題歌二曲は、SPレコードのA面B面として、一枚のレコードとなって映画とほぼ同時に販売された。上海の虹口地区などでも手に入ったのかもしれない。上海から香港に移住していた作詞家陳蝶衣が、それに中国語の詩をつけた。

日本語歌詞は、中国人女性を愛し、日本人男性を愛した結ぶ術なき敵国人同士の二人に対し、4番の歌詞のラスト、大陸にのぼる朝日、によって希望を持たせる展開になっている。

一方、陳蝶衣による中国語歌詞は、「あなた」に対し、明日への希望を持ちなさい、というシンプルなメッセージを発信している。イメージは近いものがある。この明日への希望という思いが、いったい何を指すのか気になるところだ。自分の生まれ故郷中国での、共産党の文革による重い空気を反映したものなのかもしれない。同胞よ、もう少しの辛抱だと。

しかし、これを歌う現代の中国人の誰一人として、オリジナルの歌には1930年代末の上海で、日本のラジオ局で働いた若き中国人女性のせつない思いがつまっているのだ、とは思いが至らないだろう。

劉吶鴎(りゅうとつおう)、穆時英(ぼくじえい)や、漢奸として倒された多くの中国人ラジオ局職員達への鎮魂歌として・・・、そしてテンピンルーと徐小姐(シュ・シャオチェ)への思いをこめて作られた映画「上海の月」。その主題歌は、なかばこの世から消え失せようとしていた。それがなんと香港やシンガポールなど中華圏の人々の間で、高らかに歌い継がれていたのだ。

歴史とはたまに思いも寄らぬことをするものだ。

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コメント

yanagi様

ご指摘ありがとうございました。修正しました。ご紹介の本も求めてみたいと思います。中国人の歌うこの歌、今度は日本人の私がすっかり気に入ってしまい何度も聴いています。おもしろいものです。

投稿: bikoran | 2010年1月23日 (土) 00時33分

>音楽には国境も政治性も捨て去る力があるのでしょうか。

あの時代の日本人は自分たちの理想の元、アジアの人たちに多くのものを発信しました。
しかしそのほとんどは彼らの心には響かず、終戦とともに忘れ去られました。
その中で数少ない彼らの心を打ち、心に残ったもの。それが音楽だと思うのです。

音楽には国も思想も、戦争も超える力がある。
私が李香蘭や支那の夜に惹かれる理由はそこにあります。


私の情報をこのような素晴らしい記事にして頂き感激しております。が、幾つか誤解があります。
服部良一は60年代香港に招かれ、夏端齡の名で音楽活動をしています。
中国人歌手に「胸の振子」「チャイナタンゴ」等を提供しており「明日の運命」もその流れで発表されたと思われます。

詳しくは「上海ブギウギ1945服部良一の冒険」CD解説書「上海歌謡倶楽部6、7、8」
をご覧ください。希望在明天は「7」に収録されています。

投稿: yanagi | 2010年1月22日 (金) 21時57分

yanagi様

この「希望在明天」の件、素晴らしい情報です。本文に追記させていただきました。音楽には国境も政治性も捨て去る力があるのでしょうか。日中の平和を祈りつつ芸術に携わった当時の人たちのいくばくかはこうやって報われているのだなと思いました。芸術の純粋性を求めていた彼らにとって、現代の中国人が、この歌のオリジナルのいわれを知らなくとも別にいいことなのかもしれません。こうやって楽しく歌い継がれることそのものが、松崎にとってももちろん、服部、西条にとってもうれしいことに違いありません。

投稿: bikoran | 2010年1月21日 (木) 03時03分

西条八十の歌詞は悲しみを労わる優しさと美しさに満ちていて、本当に素晴らしいと思います。

また「明日の運命」なのですが、中華圏では「希望在明天」のタイトルで親しまれ、多くのカバー曲が生まれている曲のようです。
http://www.youtube.com/watch?v=lZf6oAOEgbg

投稿: yanagi | 2010年1月20日 (水) 21時06分

yanagi様

もう一つの歌詞の情報をありがとうございました。西条の歌詞は本当に、情景が柔らかく愛情に満ちあふれていて、やさしい気持ちでまぶたに浮かんできますね。yanagiさんのブログにもありましたが、当時の日本人が中国人を単純なる敵国人とは見れなかった、というのもわかる気がします。この映画は、断片でもいいから一度見てみたいですね。

投稿: bikoran | 2010年1月20日 (水) 10時08分

「ロケット」にはそんな意味があったのか、と驚かされました。
西条八十は映画主題歌を得意にしていて、著書「流行歌のつくりかた」に
このように書いています。

「映画会社から脚本あるいは筋書を渡され、それを人通り読むと、何を歌うべきかという
 題材も頭の中に出来、ストーリー中の男女の運命や、海や山などの自然が、いろいろな曲想を
 誘って、ある情感をすでにかもしだしてくれるからです。」

歌詞には映画の登場人物が深く投影され、
ロケットも作中、印象深い使われ方をされていたのが想像できます。
「上海の月」を現在見ることが出来ないのが残念です。

また、「西条八十全集9巻」によれば草稿の時点では一番と二番の間にこんな歌詞が
入っていたそうです。

花の馬車(マーチョ)であなたの唄に つんだ租界の紫すみれ
なんであのまま色褪せよ 春はやさしくまた還る

投稿: yanagi | 2010年1月20日 (水) 06時02分

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