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2010年1月31日 (日)

上海防空戦 3

Photo_3

「青田市上空の雲の上に重々しいエンジンの爆音が出現!日本の重爆撃隊の模様。進路は杭州!」

1937年8月14日、午後3時(日本時間午後5時)過ぎ、杭州筧橋(けんきょう)基地の指揮所で待つ高志航に電話だ。彼はは武者震いした。

中華民国空軍のエース、高志航の属する第4大隊は、南昌から分散配置のため、上海から700キロも離れた周家口にいた。第4大隊は、まず周家口から杭州市筧橋(けんきょう)基地に進出することになった。到着予定は午後4時だ。

高志航は、前日に台風で電話が不通になったため、輸送機で南京へ行き、直接、司令部から出撃命令をもらった。そして再び輸送機に乗って杭州へ先回り、自分の愛機が部下の操縦で回送されてくるのを、今か今かと待っていたのだ。

「敵はもうすぐそばまで来ている!」

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台湾の1937年8月14日は、ようやく超大型台風の影響がなくなった日だった。台湾憲兵隊の台北憲兵分隊長、林秀澄はそのころ、基隆(きりゅう)要塞に出入りする船舶の臨検、台北の松山飛行場周辺の防諜対策などに、気をすり減らす毎日だった。

昼過ぎ、松山飛行場で林秀澄は、96式中攻の搭乗員将校と話をしていた。彼らはこの日、初めての中国大陸爆撃に出撃するのである。林秀澄は素朴な質問をぶつける。

「しかしなぜ戦闘機と一緒に出て行かないのですか。戦闘機の護衛が無いのが不思議なんです」

飛行隊長の新田慎一少佐が答えた。

「林君、何を言っているのだ。昔と今の空中戦は違うのだよ。宙返りなんかやっているひまは無いのだよ。そんなことやっていると、相手の飛行機は見えなくなる」

「いや、しかし・・・・・」

「この中攻なんか、普通の戦闘機で追いかけられるものじゃないのだ。装備もこんなに機関銃を持っているのだ。だから戦闘機なんかいらないんだよ。そもそも戦闘機は航続距離が足らん」

林秀澄は食い下がる。

「だけど、この台北の飛行場に、戦闘機も18機来ているじゃないですか。途中まででも護衛を付けた方が・・・」

と言うまもなく、新田が言う。

「いや、いらないのだ」

新田は林の目線をはずし、イスから立ち上がると、踵をカツカツと鳴らしてドアに近寄った。

ドアの前で止まると、新田少佐は林の方を振り返って、また言った。

「今の爆撃機に戦闘機はいらないのだよ」

キィーときしむ音が二度して白い木製のドアが閉まった。出撃の時間が近づいているのだ。林は一人で部屋に取り残された。

96_2 新田は部下に伝令した。

「杭州爆撃予定時刻、午後6時!(中国時間の午後4時)」

新田少佐に率いられた9機の96式中攻は、日本時間午後2時55分(中国時間午後0時55分)、台北松山飛行場を離陸、杭州の筧橋飛行場空襲へと出撃していった。そして新田隊に続き、浅野少佐率いる広徳飛行場空襲隊の9機も、勇躍、次々と離陸していった。

Photo_5 整備兵が力一杯帽子を振る中、全機がスロットルを全開にして離陸する。最後の一機が飛び立つと、辺りが急に静まりかえった。

林秀澄はどんどん小さくなっていく機影を、司令所の部屋の窓から追っていた。

彼は新田少佐の言葉を信じたかった。

「今の爆撃機は護衛無しで大丈夫なのだ・・・」

しかし、気がさわぐ部分もあって、林は新田少佐が帰ってくるまで飛行場で待つことにした。

新田少佐機を先頭にした96式中攻18機は、台風の余波による乱気流と、いまだ低くたれ込める暗雲に悩まされながらも、コンパスを頼りに北へと針路を取っていた。日本時間午後5時(中国時間午後3時)すぎ、無事に青田市の上空を通過した。杭州まではあと1時間ほどである。

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杭州筧橋基地で、部下達をじりじりと待っている高志航大隊長は、徐々に焦ってきた。

「わが第4大隊の到着は午後4時だ。日本の爆撃機が青田市を通過した時刻と推定速度から計算すると・・・・・日本の爆撃機も、わが部下も午後4時頃(日本時間午後6時頃)、同じ時刻に上空に現れる。これは鉢合わせになるぞ!」

高志航は北の空を見上げ、祈るようにつぶやいた。

「南の空から来たらそれは敵の飛行機だ。北の空から来たら私の部下だ」

と、かすかにエンジンの音が上空から聞こえてきた。小さく、機影が見えてきた。北の空だ。聞き慣れたエンジン音と共に、ぐんぐんと機影が大きくなってくる。李桂丹率いる第21中隊の9機だ。高志航は地上員にすぐに命令を発した。

「彼らを降ろすな!」

「もし着陸したらエンジンを止める前に離陸、迎撃するように命令しろ!」

無線はない。命令は手で合図するしかなかった。何も知らない李中隊長は、飛行場の吹き流しを見て風向きを確認し、一端風下へ機を向けた。そして場周周回に入った。風上に機首を向け着陸態勢を取る。李中隊長には、地上の合図は見えない。手動ハンドルをぐるぐる回し、車輪を出した。スロットルをさらに絞る。一回バウンドしたが、無事に着陸を終えた。

彼はほっとして一つ大きなため息をつき、エプロンの停止線まで来ると、大勢が何かを叫びながら駆け寄ってきた。駆け寄ってくる人の目を見ながら、これは単なる歓迎ではないと直感した。人々がなおも叫びながら上空を指差している。

「敵機がすぐ来る!このまま飛び立ってくれ!」

李中隊長は、ここまで700キロもの行程に疲労困憊していた。しかしすべてを察すると、猛然とエンジンをふかした。部下も同様にふたたび離陸していった。続いて到着した第23中隊も着陸と同時に次々に離陸していく。

そして、ようやく高志航の愛機、カーチス・ホークⅣー1が曹士栄の操縦で回送され、着陸してきた。高大隊長はエンジンをかけたままの愛機に飛び乗ると、すぐにスロットルを全開、空中に浮かぶとハンドルを回し脚を引き上げ、ちぎれ雲の間を上昇していった。

高志航は、計算していた。各機、まだ40分くらい飛べる燃料を残している。燃料消費の多い機でも20分は持つだろう。敵機の方はあと数分で来るはずだ。十分な迎撃ができる。

「上海防空戦 4」に続く←クリック

参考

「支那事変史」皇徳奉賛会

China Journal September 1937

「上海時代」松本重治

「林秀澄談話速記録Ⅱ」

「一个女間諜」許洪新

「中国的天空」中山雅洋

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コメント

支那空軍は上海祖界を爆撃した。
この爆撃で約1000人の死傷者がでた。

投稿: g | 2012年11月 5日 (月) 10時36分

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