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2010年1月 4日 (月)

徐小姐のロケット 3

Photo_3

松崎啓次の「上海人文記」の「徐小姐のロケット」より、引用を続ける。(写真は金子少佐のいた昆山花園アパート)


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「金子少佐から聞いた話」 

1938年1月下旬、上海に来た当初から松崎は金子少佐の指導で仕事を始めた。金子少佐は、支那について全く無知だった松崎を巧みに指導して、ついに松崎を支那の仕事から抜き差しならぬようにしていった男だ。松崎は、日本でちょうど仕事に油が乗りかけているところであったし、文化映画の勝利を目指して十年間働いてきて、やっと芽を出しかけた頃だったので、その仕事を捨てて支那に来ることがどんなに苦しかったか。

金子少佐から電話である。

「おい、今夜は暇かい?」

「はい」

「俺も暇だ。うちへ来いよ。久しぶりにお茶漬けを食おう。塩鮭があるぞ」

「素敵ですね!じゃ今すぐ行きます」

「だめだめ、俺はこれからまだ二三軒まわるところがある。一時間たったら来てくれ」



松崎は、虹口(ホンキュウ)の崑山花園(こんざんかえん)の金子少佐のアパートにいた。弾丸の破片で痛んだ窓の応急修理の跡と、二階に住む英国の婆さんが窓から突きだした英国国旗(第三国人だから弾丸を撃つなという記号)が、いまだ戦争気分を残している。が、部屋は暖かく、花園には赤い花が咲き残っていた。

中略

少佐は話しを転じた。

「スパイはどこにでもいる。と言うのは至言だ。呉小姐(ウ シャオチェ)とダンスホールリドーで会った時だ。踊っている呉の視線が一人の女を追っているのだ。その女を俺も知っている。どこかで会った女だが思い出せない。なんでも日本側の機関で働いている女だった。踊りが終わって席に帰ろうとすると、呉がその女のところへ行って何か話をしてからテーブルに帰ってきた」

Photo_4 (写真はダンスホールリドー(舞庁麗都)の舞票で、踊る相手のいない男性もこのチケットでダンスホールの女性と踊ることができた)

俺は聞いてみた。

「君の友達?」

「ええ、あの人をご存知?」

「いや、思い出せない」

「あの人、あなたのことを知ってるわ」

「そう」

「あの人・・・。わたし今あの人から、自分のことをあなたには何も言わないで、と頼まれたのよ」

「それどういう意味?」

「あの人、昔、公安局にいたの」

「公安局?」

「ええ、公安局よ」


松崎君、知ってるかい。スパイは自分のカモフラージュのために、よく他人をスパイと思わす言動をするんだ。どっちがスパイでどっちがスパイでないか、俺は知らない。両方がスパイかもしれない。


「では、君の同僚だったんだね」

と、俺は一丁ズバッとやったね。呉のやつ、サーッと青くなった。やつも蘭衣社の分子として公安局にいたんだ。


少佐は続けて言う。

「日本側の機関の中にスパイが入り込む危険はだんだん多くなるだろう。ことに君のやる文化的な仕事には敵側からスパイも送り込みやすいのだ。よく気をつけるんだね」

後略

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引用終わり


さて、金子少佐は、軍報道部や日本のラジオ局を管轄する特務部の長である。「戴志華(タイ シホワ)の銃殺」の章では、ピンルーの母親からの面談依頼を受け、ピンルーのラジオ局就職の世話をして、実務担当の浅野少佐に採用を薦めた人物だ。

金子少佐は呉と踊っているダンスホールで日本の機関で働いているある中国人女性を見かけた。それがピンルーかどうかはわからない。呉が問わず語りに、その女性のことを、要注意人物だとわざわざ金子に警告したわけだ。




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