« テンピンルーとスパイゾルゲ | トップページ | 「上海歎異抄」 1  »

2010年8月15日 (日)

「汪偽特工総部 七十六号」より

馬嘯天、汪曼雲共著の「汪偽特工総部−七十六号」の、鄭蘋如(テンピンルー)について書かれた部分を、上海に留学経験のある当ブログ読者様が翻訳され、訳文をメールで頂いた。掲載しても良いということなので、今回、引用し記事とさせて頂いた。特に沈耕梅の話は、映画「ラスト コーション」の原作、張愛怜著「色 戒」(1949年執筆)と一致する部分もある内容になっている。

張愛怜の夫、胡蘭成は、汪政権の法制局長官であり、汪政権内部の出来ごとについて知りえる立場だった。妻である張愛怜が丁黙邨暗殺未遂事件について聞いていた可能性は高い。「色 戒」における男女の機微は、定説では著者張愛怜の結婚生活における実体験に基づく心の内側を、丁黙邨暗殺未遂事件をモチーフにして表現したもの、ということになっている。しかし、「色 戒」と同じような内容が獄中でも書かれていた、ということである。

テンピンルーが丁黙邨と男女の仲になっていた?、ということは小説「色 戒」や、「汪偽特工総部 76号」で表現されていた段階では問題とされることもなかった。そもそもテンピンルーの存在は知る人ぞ知る、というものだった。

ところが、映画「ラスト コーション」がベネチア映画祭で金獅子賞を取ってからは違った。その内容がセンセーショナルに描かれていたこともあって、ピンルーの唯一の肉親として妹の天如さんが抗議する事態となった。姉はあのような人物ではないと。

妹天如さんには、そう主張する動機があるのは当然だろう。尊敬する姉は奇麗な身でいてほしい。しかし私は、そこを割り引いても、天如さんの主張に分があると認め、「日中戦のはざまで テンピンルーの悲劇 後編」←クリックをまとめた。

獄中書を書いた馬嘯天、汪曼雲の二人はどうだろうか。馬嘯天は、76号の第二所所長、警政部政治警察署署長などを歴任している汪政権幹部である。1951年に漢奸として逮捕され、1957年に中国共産党政権の裁判により反革命罪懲役20年の判決が出ている。

汪曼雲は、ピンルーと同じ上海法政学院を卒業、上海市党部執行委員、汪政権行政院清郷事務局局長などを歴任している。日本の敗戦とともに漢奸罪にて逮捕され、1949年一旦釈放、1954年中国共産党政権に反革命罪にて再度逮捕され、1960年の裁判により無期懲役となっている。

彼ら二人が獄中で過去を書くわけだから、その目的は唯一、少しでも中国共産党に反革命とは見なされないように、ということとなろう。この二人の獄中手記の他の部分が分からないが、汪政権や76号に限らず国民党側を悪く書き、転向をにおわすはずである。これはゾルゲ事件で逮捕された尾崎秀美の獄中手記を見てもわかる通りで、獄中手記は、事実の中に、反省と転向をほのめかす文章を混在させる傾向を持つ。

下記訳文を読んでいただけばわかるが、沈耕梅の証言部分はこの点からは中立であり、特に政治的バイアスがかかっているようには思えない。しかし、男女の仲のもつれ、とテンピンルーが自供したということになっており、丁黙邨のみならず、テンピンルーをも貶める内容と言えよう。この内容は事件の約一週間後より、丁黙邨のライバル李士群がマスコミにリークし始めた丁黙邨追い落としのための内容と同じ方向性を持つものと言えよう。

私の推測を書くと、「テンピンルーは拘束後、CC団との繋がりを否定するために、個人的な男女の仲のもつれが襲撃の理由だとした。それを76号からの丁黙邨追い落としのために李士群派が利用して大いに書き立てた」、というものだ。あるいは、そもそも李士群派が勝手に作り上げた自供なのかもしれない。

丁黙邨暗殺未遂事件そのものが、李士群による丁黙邨追い落としのための陰謀であると記述している史料は二つだけ存在する。書籍としては、陳舜臣氏の「紅蓮亭の狂女」に収録されている「七十六号の男」が挙げられ、史料としては女流作家の楊瑩(ヤンユィン)さんが行った天如さんへのインタビューがある。前に挙げた記事、「日中戦のはざまで テンピンルーの悲劇 後編」は、この天如さんのインタビューを大いに参考にしている。

一方、林之江の証言の方であるが、こちらも、テンピンルー、そして林之江を貶めるような内容になっている。ピンルーが釈放してほしいがために、林之江にすり寄っている様が表わされている。

この「汪偽特工総部−七十六号」は、1960年代に、中国政府による歴史的資料の収集を目的に獄中にて書かれたもので、原書は上海市労改局档案処に保存されている。許洪新氏が「一个女間諜」で書いているように、あきらかに間違いと思われる個所もあるが、実際に76号にいた幹部の証言である。

沈耕梅はピンルー監禁時の女性尋問担当者、林之江は監禁の責任者にして処刑にも立ち会った人物である。

以下引用する。

一、沈耕梅の証言(「一个女間諜」P175 16行目〜P176 7行目より)

鄭蘋如が拘束された後、李士群は、呉世宝の妻である余愛珍と、女性通訳の沈耕梅を派遣し尋問を行った。鄭は丁黙邨を襲った人物を呼び寄せたのは自分だと認めた。しかし彼女が言うには、

「これはただ単に男女間の問題です。丁は私と関係が生じた後、また別の女を作り、私を捨てました。私はある程度よい教育を受けているけれど、自分の行いを悔いることはしません、彼の欺きによって侮辱されて、おもちゃのようにみられ、今のように自分を失ったようになったことは、私が望んだ事ではありません。これが原因で、私は人を雇い、彼を襲わせ、彼に知らしめようとしました。女性を甘く見てはいけないと。

しかし、女は結局は使えないのです。私と丁黙邨はいずれにせよ関係があった仲。これにより生死をかけた最も大切な時に、私の心は揺らいでしまいました。私は彼と一緒に店を出ることができませんでした。私が雇った刺客たちはこのために丁黙邨を確実に認識することができませんでした」

鄭と彼女の雇った刺客たちとは、事前に以下のような取り決めをしていた。シベリヤ毛皮店を出るときに事を起こすこと。丁と鄭が一緒に外に出るときに、鄭は丁の左側を歩くこと。その時、鄭の側の人物が丁黙邨であり、彼を襲う。これは丁が急に別の人を鄭に付き添わせ、別人を襲ってしまう事を恐れたためだった、ということだった。

「このように私が躊躇したため、彼は逃げおおせ、命を取り留めました」

その言動には、まだ怒りがこもっていた。

また、鄭と中統(注:CC団)とのかかわりについては、彼女は即座に否定した。これらの内容はすべて、沈耕梅が汪曼雲に語ったものである。

二、林之江の証言(「一个女間諜」P177  3行目〜P178

林之江は殺人を楽しんでいた。76号の幹部の中ではそれが突出していた一人である。当時76号で捕えられ、殺害された人たちの、十中八九は林之江自身によって殺害された。鄭蘋如はすでに林の家に監禁されており、鄭の死も林の手によって執行されることは避けられない事であった。しかし、彼はその執行を下す際には、彼のボディーガードに代行させた。これについて、後に林は自分で語っている。

「鄭蘋如が37号にいた時、鄭が私に語った事を覚えている。彼女はこう言っていた。

「丁黙邨を愛した自分はどうかしていた。今、林之江と出会って確信した。あなたは“将来有望な素晴らしい男”である」

と。彼女の心は私に吸い寄せられていた。私さえ彼女を愛する事が出来れば、私に嫁ぐ事も望むと。

また、

私に出会ってからは、彼女は世界中の男を誰も愛せない、たとえ私が、彼女を愛していないとしても、彼女は私を愛していると言う。私が彼女といつまでも一緒にいたいと望むなら、彼女は天地の果てまで私についてくると言う。

彼女はまた、私に問いかけてくる。

「之江、あなたは私をどう思うの?」

と。

私は答えた。

「何がどう思うだ。残念ながら私は防弾の施された車を持っていないから、ダメだね」

林之江がまた語る事には、

「いつも鄭蘋如は私と話をしたいと、人に私を呼びにやらせていた。私は彼女のこのような演技を恐れていました。彼女を“執行”する時が来た時、私は執行の事を事前に彼女に知られないようにしようと思いました。そこで私は果物やケーキを買い、一緒に遊びに行こうと彼女をだましました。彼女はそれを信じ、すぐにおしゃれをして、頭には赤い造花をつけたりと、彼女の姿は非常に妖艶な感じでした。車が麦根路、中山北路の小さな林が集まる76号の処刑場に至った時、鄭は車が自分の最後の場所に至った事を知りました。しかし彼女は自らを冷静につとめさせ、私に言いました。

「こういう事だったのですね、たくさんの物を買う必要はなかったではないですか。でも、私は自分が愛した人の手で死ぬ事が出来ます。だから私は嬉しいです。之江、あなたが私を殺して!でも、私の心臓を打って、私の顔は打たないで。

自分の顔を傷つけてしまっては、醜いでしょ? 之江、私のようなきれいな女が、このようにあなたを愛しているのに、あなたはそれを手放すのですか?もしあなたが耐えられないなら、もし私を愛しているのだったら、時間はまだあるわ。一緒に遠くへ逃げましょう、私たちの新天地へ」

林之江は、

「自分は強い人間だと自信があったが、この時は心が揺らいだ。私はボディーガードの王金発に鄭の後ろから銃を撃たせ、殺させるしかなかった」

この時、彼が彼女の顔を打ったのか、残念ながら林之江から話はなかった。

(共に 馬嘯天、汪曼雲「汪偽特工総部−七十六号」より)

引用終わり

以上

|

« テンピンルーとスパイゾルゲ | トップページ | 「上海歎異抄」 1  »

テンピンルー」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« テンピンルーとスパイゾルゲ | トップページ | 「上海歎異抄」 1  »