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2010年9月25日 (土)

尖閣諸島

東亜同文書院 34期生 山内正朋氏は、1938年の卒業論文「上海歎異抄」でこう書いた。

だが私にとって、これらのかそけき小市民達のことはさてをいて、想うごとに凄荘の気にひたらせられるものは、自国の明日の空を心にかけながら、顔を真っ赤にして語った少年達のこと

「・・・・・自分達が一人前になるころには支那は、昔世界文化の中心であったように再び世界の中心になるのだ、それにはまず石をかじってでも外敵に抗して、自国の一人ひとりが常に強くなり、偉くなるように心がけねばならぬのだ・・・・・」

「上海嘆異抄 4」より←クリック

下線は、日本が「日本の正義」のもとに「指導」していた1938年当時の支那の少年の言葉である。

尖閣諸島の問題が起こる前からうすうす感じてはいた。始まりつつあるのかと。世代を超えた復讐への試みなのか。

中国国民は、決して復讐しているとは思っていないだろう。

1930年代、日本に正義があり、多くの国民がその正義に則った行動を取った。そして「中国の正義」もあるのだ。正義を裏打ちにしていれば、それは当然の行動、普通の行動となる。

そしてつねに正義は、恣意的に作られる。

「自国の領土を取り返す」・・・わかりやすい正義だ。

世代を超えた因果応報、この言葉で片付けたくないなと思う。日本人も中国人も、歴史から何を学べているのだろうか。











 

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