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2010年11月の2件の記事

2010年11月16日 (火)

中国様!

下の写真はAPECでの日中首脳会談での一こまである。

まずは、握手。

Photo

わが首相は、会談の内容よりも、会談を開き、胡錦涛さんと握手することが目標だった。

やっと目標を達成できる!という気持ちが前のめり(右斜め)の格好となった。

こういう「決めのワンショット」は意味を持ったサインとなってしまう。

自分の意図とは全く別に、

「中国様にすがっていく日本」

というイメージ画像になった。

で、会談が始まると、相手の顔を見ずにメモを読み始めた。

Photo_3

胡錦涛さんは、泰然自若に聞いている。

リラックスした胡錦涛さんに対し、不安を隠せないわが首相。

いったいいつから中国と日本の関係はこうなってしまったのだろうか。官房長官をはじめとした参謀役にも責任はあろう。こんな演出が、現首相に賛同しかねる外務官僚の作戦だとしたら高等戦術である。

会談の中身が問われない会談ならば、元首に対しては我が国の元首、天皇を出してもよかったくらいだ。昭和天皇は天皇制を保持できる保証をアメリカより取り付けてやっと降伏した。「聖断」により護持した国体であるならば、「聖断」が「神話」でなく「実話」であることを国民に見せるつけるいい機会ともなったろう。

Photo_2

(天皇皇后両陛下に礼を尽くすオバマ大統領)

わが首相は石にかじりついてでも4年間は首相をやるということである。

どう反応していいかわからない。

さて、くりかえしになって申し訳ないが、

「・・・・・自分達が一人前になるころには支那は、昔世界文化の中心であったように再び世界の中心になるのだ、それにはまず石をかじってでも外敵に抗して、自国の一人ひとりが常に強くなり、偉くなるように心がけねばならぬのだ・・・・・」

1938年の一人の支那少年の言葉である。上海にあった日本人向け大学「東亜同文書院」の学生、山内正朋氏が卒業論文の中で引用した。「尖閣諸島」記事参照←クリック

石にかじりついて首相の座を守ろうとするわが首相。

石をかじってでも外的に抗して偉くなるように心がけようと言った1930年代支那の少年。

彼には、

「君の思いは72年後の11月、日本の横浜でかなったぞ」

と報告したい。

支那の指導者を自負した日本。

石をかじってきた支那、そして中国。

今後の展開がどうなっていくのか、とても楽しみだ。

 

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2010年11月 6日 (土)

歌に国境はない

今日の夕方、たまたまNHKを見ていたら、中(あたり)孝介さんという男性歌手が、あるイベント会場で、おどおどしている映像に出くわした。

私はこの方を知らないが、少し気になったので映像に注目する。

どうやら中国でのイベントで、何人かの歌手によって行われるジョイントコンサートのようだ。日本人はこの中(あたり)さんだけだというナレーションが入った。尖閣の事件があったことで、中さんはナーバスになっていたのだ。

観客席から抗議の声が上がるのではないか?

誰かが立ち上がって、舞台を妨害して台無しにするのではないか?

中さんには、いろいろな思いがよぎったろう。

ところが、彼の順番が来て、奄美の歌を歌い始めると、中国人の若い女性のファンが、大きな声で一緒に歌っているではないか!しかも日本語だ。

無事に終わり舞台を降りると、中国人のファンが彼のところにやってきて、ポスターにサインをねだったり、一緒に写真を撮ったりしている。

彼の歌は、人と人の絆を大切にした、出身の奄美をバックグラウンドにした歌らしい。歌詞も日本人だけなく、中国人にも響いたのではないだろうか。

音楽に国境はない。再び思った。このブログを最初に書き始めた時がそうだったのをすっかり忘れていた。李香蘭の歌。それを上戸彩さんが歌っていた。それがきっかけでこのブログを書き始めたのだった。余談になるが、彼女のブログに以前書いてあった。上戸彩さんはおじいちゃんが台湾出身の石垣島の実業家。林発(リン・パツ)という方で、石垣島に台湾のパイナップル栽培を導入したリーダー格の人。台湾が日本だったころ、石垣島に渡ったらしい。日本から日本へ渡った、とも言える。もともと石垣島や八重山列島と台湾は、日本領、中国領関係なく、一つの文化圏、経済圏として人々は交流していたという。


現代の台湾人にしても、中国人なのか台湾人なのか、アイデンティティの危機に瀕するところだろうが、台湾の人々は、「自分は自分」としてそんなことお構いなしに、たくましく生きている。

今回の尖閣騒動、当時の台湾、そして石垣、八重山の人から言わせれば、

「地元をさしおき、なにを勝手にいがみあってるのだ」

ということになるのかもしれない。

人にせよ、島にせよ、「国境のどちら側なのか」、を問うことのどんな意味があるのか、を考えざるを得ない。

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