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2011年7月 7日 (木)

日本がかわいそう?

今日、テレビを見ていたら香港のブランドをあさっていく客の大半が大陸の、たとえば上海からの客らしいと。ひとつ100万円とか200万円のエルメスやヴィトンのバッグを平然と買っていく。Photo (長い行列のできる香港のルイヴィトン)


日本のテレビ局が一組の中国人カップルにインタビューをしていた。

福建省から来たという女性が答える。

「お茶の製造で当てました」

隣にいるその夫?がニコニコしながら続ける。

「先月は月給が370万円でしたよ。すごく儲かってます」

男性が続ける。

「日本は景気が悪いからかわいそうですね」

すると、女性がその言葉を遮るように、

「そんなこと言うんじゃないの!そんなことは言わなくていいの!」

としかめっつらをして叱る。

おそらく日本のテレビ局の取材だからと、日本人に気を遣ったのだろう。

この女性の行動はすごく印象深い。

昔、1930年代、支那の指導者役を自認した日本。めくらでかわいそうな支那のためにがんばるんだと。支那国民を苦しめる蒋介石と西欧諸国から支那を救うのだと。

その支那人は、歯を食いしばって、日本に追いつこうとした。それは絶望的に見えた。子供の頃の私の目には、絶対に無理だと思えた。中国人は、ずっと人民服で、自転車をこいでいるのかと思っていた。

天安門事件のとき、中国人は人民服を着ていないということを知った。

そして、今、日本はかわいそうがられている。中国人に同情と哀れみの目で見られている。

壮大なる平家物語。

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日中の歴史」カテゴリの記事

コメント


本当に前世というものがあるのなら…

私は… きっと私の前世は、当時の華やかなる大陸に暮らした人間だったような気がする

なんでだろ? 不安定な華やかさと危うさと妖しさの、命がけの時代

長生きする事より、使命とアイデンティティに生きた当時の女性達

投稿: つくし | 2011年9月17日 (土) 11時27分

つくし様

女性には男性にないテンピンルーのとらえ方があるのかな・・・、と思いました。ありがとうございます。

投稿: bikoran | 2011年8月22日 (月) 23時56分

その土地の緯度経度など私なりに小さな調べものをし、当時のファッションや衣服の素材を考えてみる。
日常生活を想像してみる、空気を感じてみる〜そうして読みふける。

男性とは違う、女だから拘る…拘った生き方や、美しいかったからこそ波乱な生き方を可能に出来た数少ない稀な(きっと恵まれた)生き方だったのだろう…
自分の魅力を知っていた賢過ぎた女性達、でも時代はまだ少し早過ぎた、まだ男性社会の渦中だった。



惹かれます。

投稿: つくし | 2011年8月20日 (土) 03時54分

なぜだか幼い頃に耳にした「蘇州夜曲」の歌詞とメロディーが、懐かしいような不思議な感情で離れませんでした。
大人になってからもそれは変わらず…
眠りの浅い夜など当時の様子を垣間見ているのです(歴史としての史文や、作者の妄想含みの物語など、私には真実は解りかねる〜それはそれで興味深く楽しいのです)


その時代一瞬の時代、日本国内とは違う華やかで危ない世界…美しい女性達は自己主張し命を賭けて生きたのだろうと…


さて、又続けを読ませてもらいます。

投稿: つくし | 2011年8月20日 (土) 03時42分

お返事有難うございます。

今日も少しづつ読ませていただいてます。
気分はタイムスリップしています〜

投稿: つくし | 2011年8月19日 (金) 10時44分

つくし様

コメントありがとうございます。真実に近づきたいという一心で書いてきたブログです。なにかの参考になれば幸いです。

投稿: bikoran | 2011年8月18日 (木) 07時59分

「近衛文隆」から流れ流れ着きテンピンルーから少しづつ読ませていただいてます。

投稿: つくし | 2011年8月18日 (木) 04時05分

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