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2017年4月の1件の記事

2017年4月23日 (日)

魔都夜曲

今回は、なんと四年ぶりのブログ記事となる。

Matoyakyoku

2007年から数年間にわたって、テンピンルー(鄭蘋如)についてこのブログで相当のエネルギーを注いで書いてきた。

その目的は、二つある。一つ目は大きく言わさせてもらえば、世界の平和。次の破滅的な戦争は中国が絡むと思っているし、その矛先が日本に向きかねない。

日本は1930年代、国の勢いにまかせて力による成長を選択していた。そんな日本の統治する1930年代の上海にて、若き日本人男性(近衛文麿首相の長男、近衛文隆)と、日中ハーフの中国人女性(当時の東京牛込区生まれの日中ハーフ、テンピンルー)が反戦平和に動いた。

その事実を知り、私はそれを広く知らしめるべきだと思った。こうやってネットに掲載すればたとえ日本語だとしてもやがては中国人も自動翻訳などの手段の発達によって、気軽にその事実に触れることができるのではないか。中国人の若者にも反戦平和の思いを抱いていただきたい。

そして、二つ目は、戦後に戦犯となる恐怖からのがれようとし、テンピンルー殺害にはもっともな理由があるとねつ造、イメージ付けを行い、おとしめた日本軍人、政府関係者の行為からの彼女の開放、そして中国側による単純な抗日烈士イメージ付けの呪縛からの解放である。

そのための手段は多ければ多いほどよい。このブログだけではもちろん足りない。

このブログがすこしでも多く検索でひっかかり、かいま見ていただき、さまざまな歴史家、脚本家、小説家、漫画家、映像プロデューサー、アーティストらが利用してくれたら・・・・・

そう思って、ものすごいエネルギーを注いできた。上海図書館で当時の新聞を読みまくったりもした。

その後、テンピンルー(鄭蘋如)に関して、二冊の本が出て、私のこのブログのことを、二冊とも参照ブログとして末尾ページに記載頂いた。

そして、先日、たまたま実家で新聞を読んでいたら(2017年4月21日朝日新聞夕刊)、

「1930年代の上海を舞台にした生命力あふれる音楽劇」

なるキャッチコピーが目に入った。

「魔都夜曲」

という音楽劇らしい。

これはひさびさに来たなと。

広告記事本文は紙面の三分の二くらいとったしっかりした紹介記事。

記事は、出演者らにインタビューする形式で書かれていた。

すこし引用する。

藤木  「国も人も、今では考えられないような運命を背負っていた時代ですよね。その中で、僕は、近衛文麿元首相の息子で悲運の市を遂げられた近衛文隆さんをモチーフとした人物を演じます。後略」

マイコ  「私自身はその時代に詳しくないのですが、興味を持ちました。異国情緒漂う上海が舞台で、劇中にはジャズクラブも登場して、華やかな舞台になるだろうなと思いますが、それと同時に、その裏にある歴史的な暗部もきっと描かれるでしょうから。後略」

インタビュアー 「藤木さん演じる白河清隆とマイコさん演じる周紅花(チョウ・ホンファ)が恋をし、時代に翻弄されていくことになります。現段階では物語をどう捉えていますか。

藤木  「一歩間違えれば命を失ったかもしれないなかで、自由奔放に生きていた男だと聞いています。後略」

マイコ  「私が演じるのは、中国人の父と日本人の母を持つ、何をしでかすかわからないような、同じく自由奔放な女性です。ただ、今の自由奔放さとはまた違うと思うので、歴史をちゃんと勉強してしっかり舞台に立ちたいと思います。後略」

引用おわり

このブログを読んでいただいてきた方はすぐにわかると思うが、近衛文隆と、テンピンルーを主役とした舞台となるようである。これまで劇団四季が、ミュージカル「李香蘭」の中で近衛文隆を演じさせたことはあったが、テンピンルーは舞台で演じられることは初めてのこととなる。


テンピンルーは、中国のテレビドラマ、映画などで何度も題材とされたが、抗日烈士、単純な反日中国人として演出されてきた。中国側の定説ではテンピンルーは1918年中国生まれとなる。抗日烈士は中国生まれでないとイメージとして居心地が悪いのだろう。

事実は1914年に、法政大学に留学中の中国人男性と、茨城県真壁出身の日本人女性の間に生まれた女性で、東京牛込区の生まれだ。 

時間のあるかたはこちらを読んで頂きたい  →テンピンルーの悲劇 前編

残念なことに最近、テンピンルーについて日本のWikipediaでは、中国側の定説を採用して1918年中国生まれと書かれてしまった。中国側の定説は誤りであり、それは中国人の抗日烈士であるとイメージ操作するためであることに注意してほしい。

彼女を単純な反日の戦士、抗日烈士と捉えることは間違いだ。日本生まれで母親は日本人なのである。自分をとりまく複雑な状況を、彼女がどう生きてきたか、そこが肝心なのである。日本と中国の間で揺れ動くアイデンティティーの危機と、個人の信条の確立が重要なのである。

この音楽劇の制作者や出演者が、このブログを参照しているかどうかはわからない。なにはともあれ、この音楽劇「魔都夜曲」が楽しみで、もちろん見に行くつもりである。

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