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2017年7月23日 (日)

魔都夜曲、観ました

マイコさん、ありがとうございました。2017年7月22日の夜、テンピンルーがそこにいました。
テンピンルーの快活で社交的、進取の気質と冒険心があり、育ちの良さと自己主張もある、そのような性格がそのまま出ていました。

テンピンルーは歌が好き、ということで、上海の日本側ラジオ局でも生で歌っていたようです。また、日本人の母親からは、子どもの頃、「もしもし亀よ」、「鳩ぽっぽ」などの童謡を教わり妹と歌ったそうです。そう妹の天如さんが以前インタビューで言っていました。マイコさんの歌はテンピンルー本人が歌う歌、に聞こえました。

80年間ずっと「陽」の存在だった李香蘭。影の存在だったテンピンルー。一緒の舞台にいてテンピンルーが主役。80年経って、こんなことが起きようとは。

日中戦のはざまで テンピンルーの悲劇を10年前に書いたとき、無意識のうちに悲劇のヒロインという色を付けようとしたわたし。そうして人の同情をひきたかったのだろう。そこはわたしが歴史を作り込みすぎた部分だったかもしれない。

この「魔都夜曲」では、自然体のテンピンルーに接することができた気がしました。本当のテンピンルーはこうだったのだろうと思います。それがこうやって世に出た。テンピンルーはようやく呪縛から開放されました。かくも素晴らしいご褒美を頂けるとは。

2017年8月2日追記

テンピンルーに興味のある方に、当ブログの過去の記事「上海人文記2」 をおすすめします。1930年代上海にいた映画人、松崎啓次の書いた手記「上海人文記」の一部で、テンピンルーの登場する部分があります。


また、松崎は、上海の日本側ラジオ局で一時期テンピンルーと同僚だった女性アナウンサーのことを書いています。当ブログの過去の記事「徐小姐(シュ・シャオチェ)のロケット8」 がその一部です。当時の上海で日本人と交際していた中国人女性の多くがスパイの疑いをもたれていた様子がわかります。

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